歩道に敷き詰められた絨毯は厚く、漆黒の夜空とは真逆のコントラストが目に痛いほど白かった。
そこに点々と穿たれた大小さまざまの穴から、凍ったアスファルトが顔を覗かせている。
降雪の勢いは依然衰えない。この靴底のかたちをした傷痕も、明日の朝には綺麗さっぱり癒えているに違いない。
「さむっ……」
ひゅうっと冷たい風が吹き付けて、私はたまらず身をすくめた。
顔を上げるとずっとマフラーにうずめていた口元が凍えて、帰路を辿る歩調がまた少し早くなる。
他の足跡もやはりそれぞれの家に向かって続いているのだろうか、なんてぼんやり考えながら吐き出した息は視界を深く曇らせる。
一瞬遅れて白い霧が晴れれば、その向こうには見慣れた鉄の門となにか別の……わからない。人のように見えるが、はっきりしない。
目が悪いとこれだから困る。三歩、四歩と自宅へ急ぎ……そして、その正体に気がつくと同時に駆け出していた。
「ババ!?」
驚きのあまり二の句が継げない私をよそに、無邪気な笑い声を上げるババ・ソーヤーは、コートも着ていない氷のような体で私をぎゅうぎゅう抱きしめた。
「ちょっ、ちょっと、なにしてんの? ねえ、なんで外にいるの? コートは……っていうかほんとに何やってんの!」
頭にもシャツの肩にも黒い靴にもたっぷりと雪を乗せた彼はまるで雪だるまみたいな有様だ。
癖の強い髪はぐっしょりと濡れていて、こんなになるまで立っていたなんてよほどの理由があるに違いない。
「もうっ、いいから入って」
怒られたと勘違いしてしょげているババの手首を掴んで駆け込んだ室内は、暖房どころか照明すら点いていなかった。
電灯のスイッチを入れ、ふて腐れたように黙り込む暖炉に火を入れたところで部屋はようやく息を吹き返した。
ほら、早く早く。がんばって暖めて……。
「ババちゃん」
半分開いたドアから不安げにこちらをうかがう姿を手招くと、彼はびくりと飛び跳ねて、それから恐る恐る私の前までやってきて広い背中を丸めた。これじゃ叱られた犬みたい。
胸に垂れたネクタイを落ち着きなくいじる手は、痛々しいほど真っ赤に染まっている。
「ねえ、怒ってないからそんなにしょんぼりしないで。寒かったでしょ? 大丈夫?」
私よりもうんと背の高いババを見上げてなんとか微笑みを作ってみせると、やっとマスクの奥で笑顔が咲いた。彼は小刻みに何度も頷いて私を抱きしめる。
大きな体は冷えきっていたし、髪の先から落ちてくる雫で頬が冷たかったけど、気にせず背中をさすってやった。
それよりも早く着替えさせなくてはと体を離した瞬間、ババが低く呻いた。
「ん? なに?」
「あ、う」
ババは太い腕を小動物のようにせわしなく振り回しつつ時計とドアと窓を順番に指差し、そして最後に腰を屈めると私の頬にキスをしてくれた。
喋れない彼はいつもこうやって「おかえり」を言って——
「もしかして帰るの待っててくれたの? 遅くなっちゃったから?」
まさか嘘でしょ?
ところがババは私の両手をとってぶんぶんと振り、嬉しそうに笑ったのだ。
「う、うぅ!」
ああ、もう、この子は!
「……ただいま、ありがとう」
明るい炎に照らされて、凍てついていた室内も優しい手のひらも徐々に温もりを取り戻しはじめていた。