一人きりの世界には、もう戻れない

私とナンシーは本を読むのが好きだった。絵を見ることや、描くことが好き——私はナンシーほど上手じゃないけど——なのも同じ。
それから、人付き合いが苦手なところや騒がしいのが嫌いなところまでよく似ていた。
お喋りをするときはどちらからともなくそっと息を潜めるけれど、それだって、そうしようねと取り決めを交わした訳じゃない。
私たちは、最初からお互いの体温をよく知っていた。

ひとつのイヤホンで一緒に音楽を聞いていると、ナンシーがぼそりとつぶやいた。

「好きよ」

片方の耳には絶え間無く甘ったるい歌詞が響いていたけど、もう片方は空いていたから、私はその言葉を逃さずに済んだ。
イヤホンから流れる整ったリズムや女性のボーカルよりも、ナンシーの一言のほうがずっと、ずっと私を幸せな気持ちにしてくれる。

「うん。私も」

私も好き。大好き。いろんな好きのなかでも、ナンシーへの好きが一番大きくて大切だって思うくらい好き。
暖かい掌が私の手の甲を捕まえて、慈しむように包み込む。そっと近づいてきた唇に自分のそれを重ねるとすこし冷たかった。
ナンシーがゆっくりとシーツの上に身体を倒すのにあわせて彼女の上に覆いかぶさると、私の耳からイヤホンが外れて落ちた。
歌声は途切れて、聞こえるのは柔らかな呼吸と自分の鼓動だけ。

「ね、今何の曲?」

私が尋ねると、ナンシーは温和な笑みを浮かべて、

「わからない。心臓の音がうるさくて」

きっと私たちはどこまでも同じだった。

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