仕方がないの裏返し

「トリックオアトリート!」

黄色いボンネットに両手をついてフロントガラスの方へ身を乗り出しながら、私は早口にそう言った。
明日から11月とは思えぬほど澄んだ太陽が、そのなめらかなガラス面に眩しく反射している。
透かし見る運転席にも助手席にも誰もいない。だが車内のラジオはひとりでにオンになり、無邪気な子供の声が流れ出した。

『トリック——』
「あっ、だめだよ! 私が先に言ったんだから。ほらほら、お菓子かいたずらか、早く選ばないと」

手を振って遮ったら、ラジオからは『なんということだ』と困った声。
ふふん、出遅れた方が悪いのよ。去年はさっさと先を越されてしまい、なんの心構えも用意もしていなかったせいでさんざんな目にあったから、今年は絶対に“仕掛ける側”になってやると決めていたのだ。

『≪危ない危ない≫≪僕は君に、≫≪衝突事故?≫』

おっと、これはトランスフォームを解くから離れてくれという意味か。
黒いストライプ模様の入ったカマロはみるみる分解したかと思うと再び別の姿を形作り、数秒後には巨体が青空を突いていた。
黄色いロボットの姿に戻ったバンブルビーが大きく両腕を伸ばしてストレッチする。
それからもったいぶったように顎に手をやったが、そんなしぐさは彼には全然似合っていない。

「ラチェット先生の真似?」

そうからかってやると気取った様子はたちまち崩れて、バンブルビーは照れ臭そうに頭をかいた。

「それでトリックとトリート、どっちにする?」

そうだった、とばかりにバンブルビーは慌てて自分の体をあちこち探りはじめる。
だけどこぼれ落ちるものといえば小さな機械部品ばかりで、往生際の悪い彼もさすがにお手上げとばかりに両手を挙げた。

「これは美味しくなさそうだなぁ。何も持ってないなら仕方ないよねー。いたずらしなきゃね?」

勝敗決したり。


「わあ、ビーってば超かわいい」

私の声は我ながらちょっと意地悪で、語尾にいくにつれプルプルと震えた。
いやいや、10本の指先をかぼちゃ色に染めたバンブルビーは実際にかわいかった。ただそれを上回って間抜けだというだけで。
バンブルビーは柔らかな土の地面に膝を抱えて座り込んで、ふてくされた様子で自分の指にマニキュアが塗られていくのを見守っている。

『なんてこった』
「何言ってるの。去年私が受けたいたずらに比べたら、このくらい」

私はボトルをけばけばしい紫色に持ち変えた。ベース色が乾いているのを確認し、爪の上半分にだけ色を乗せていく。

「とびきりキュートにしてあげるから!」
『お手柔らかに』
「そう言われると逆に気合い入っちゃうよねぇ」

自分の指をドレスアップされることよりじっとしているのに耐えられなくなったらしいバンブルビーが体をもぞもぞさせはじめ、私はその大きな足を拳でコンと叩いた。

「もうちょっとだから」

きゅるるる、という落ち込んだような音。子供の泣き言みたいなものだろうか。わざとらしいが、バンブルビーがやるとまったく鼻につかないのだから不思議だった。
レースと月と星のネイルシールを張り付け、剥がれてしまわないようトップコートで覆いをかける。
もはやバンブルビーも慣れたもので、私がなにか言う前から忌々しい塗料が早く乾くように両手をぷらぷら振った。

「我ながら素敵! ねぇ、ジェルネイルにしなかっただけ、私ってすごく優しいと思う」

あれって落とすの大変なんだよと教えてやると、バンブルビーは大袈裟に身震いした。
それにしても、顔の前で両手を開いて指を確かめるバンブルビーの様子はおかしいったらない。とびきりファンシーなネイルアートはどう見ても彼には似合ってないし。
きっとこれから基地に帰って、他の面々に——ことによると人間の兵士にも——散々からかわれたり笑われたりするだろう。その場面を想像するとおかしくてしかたない。

だが予想に反してバンブルビーはそれほど困った様子を見せてはくれなかった。いつもの泣き言じみた音も聞こえてこない。
不思議に思って見上げると、空より青い二つの瞳が勝ち誇るみたいにきらめいていて、急に根拠のない不安に襲われた私は一歩後ずさった。そう、それは劣勢の予感とでも呼べそうな。

「な、なに……? なんで嬉しそうなのかな」
『ハッピーホリデー』

女性歌手によるポップスのワンフレーズを切り取ったらしい声。

『今日は二人きりだね』

続く声はセクシーな男性のものに変わったが、私はそれに反応するより先にガックリきてしまった。

「えっ嘘、お休みってこと? じゃあ基地にも戻らないの?」

そんなの少しも言わなかったじゃないと責めようとしたが、そもそも彼に喋る隙を与えなかったのは私だったような気もする。
あーあ残念すぎる。ぜひともこの素晴らしい作品をみんなにも見てもらいたかったのに。

「私の完璧な嫌がらせ作戦が……」

ちょっとだけ顔見せに行ってきたらどう? なんて言おうか言わまいか迷っていたら、ふいに太陽が翳った。
いや、違う。黄色い腕が頭上に影を落としただけだった。
バンブルビーはハロウィンカラーの両手で私の体を楽々持ち上げると、自分の肩にそっと降ろした。
すぐそばで、今度こそ子供の無邪気な声が言い放つ。

『トリックオアトリート!』

……勝敗決したり。

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