同じ季節を辿る先

秋が次第に遠ざかり、そろそろ冬の足音が聞こえてこようかという、そんなある日の話。
快晴とまではいかないもののガラス越しに射し込む陽光は柔らかく、庭先では虫たちが鈴を振るような声で鳴いていた。
そこへふいに別の声が飛び込んできて、窓辺にもたれかかるリリは顔を上げた。
白いドアを押し開けて慌ただしく駆け寄ってくるのは、ヒトの皮で作ったマスクをかぶったババ・ソーヤーだ。

「おかえり」

リリは彼に向かって片手を挙げ、それから蜘蛛の巣が絡んだストライプ地のワイシャツや土ぼこりで汚れた紺色のスラックスを、驚いたように眺めた。

「やだ、どこで遊んできたの?」

咎める声にはおかまいなしに、ババの力強い腕が女の体を軽々と抱き上げる。
リリは汚れを共有するのは嫌だったが、この巨躯の殺人鬼との生活もずいぶん長くなった今、下手に逆らったり、勝手に逃げ出すことはしない。そんなことをして頭から床に落ちたりしたって誰の得にもならないからだ。

「う、ぃい、ぎ」
「うん? なあに?」

低い声の言語にならぬ訴えにリリは首を傾げて問い返しつつ、マスクの額にかかる黒髪をそっとどけてやった。
するとババはいかにも上機嫌に笑って、どうやら構ってもらいたかっただけらしい。
しっかりと抱きかかえられたままのリリが仕方ないなというふうに殺人鬼の頭を撫でた。

「わかったから、とりあえず降ろしてもらえると嬉しいんだけどな」

まだ甘え足りない彼がリリを解放したのは、ほの明るい窓辺ではなく、二人の背後にあるカウチの上でだった。
端にリリを座らせて自分もその隣に腰掛けると、ババ・ソーヤーは幼い子供のように相手の胸に寄りかかって頭をあずけた。そして、またしても満足げな低い唸り声。
その重さにリリの体はずるずると座面に沈み込み、彼女は困ったように身をよじらせた。

「重たいよババちゃん。……あれ、そう言えばトーマスは? どこ?」

言い終えたちょうどその時だった。軋むドアを開けて、探していた人物がのそりと部屋に入ってきたのは。

「いいタイミングだね。トーマスもおいでおいで」

黒皮のマスクで目から下を覆い隠したトーマス・B・ヒューイットは大きなカウチをぐるりと半周し、リリの目の前、フローリングの上にあぐらをかいた。
大きな身体に押しつぶされるような格好で座面に沈み込んでいるリリと、彼女にじゃれつくババを交互に見つめ、それから考え込むように頭を垂れて、窓から射し込む光に照らされた床の木目に視線を向ける。
こうして三人で暮らすようになってから、トーマスは自然と兄の役割を担うようになっていた。
率先して家の留守を守ったり、暴走しがちな“弟”のブレーキ役になることについて不満を感じたことはないが、それでも今のようにババが持ち前の人なつっこさを発揮してリリに甘えているときなどは、少しばかり羨ましく思ったりもする。
自分だってもう少し甘えてみてもいいのではないか、とも。

「トミー?」

うんうんと悩んでいる最中、ふいに声をかけられたトーマスがどきりとしたように姿勢を正した。
目の前にぬっと差し出された小さな手。おずおずと手のひらを重ねると、リリはふふっと微笑んだ。

「手つめたい。外にいたの?」

その通り、彼は庭の罠を仕掛け直していたのだった。だがトーマスが頷いて答えることはできなかった。急に伸びてきたババの腕が、彼のシャツの襟元を強く引っ張ったからだ。

「あ、こら、なにやってんの」

リリに叱られたババは慌ててシャツから手を離したものの、黒い瞳は相変わらずトーマスを凝視したままで、カウチの開いた空間をぽんぽんと叩いている。
すると一人はその意味を呑み込んで、もう一人は首を傾げた。

「ねえ、無言で会話するのやめようよ。私も混ぜて……トーマス?」

心を決めたようにすっくと立ち上がったトーマスは、心なしか嬉しそうな様子で象牙色の座面に片膝をついた。
そこでやっと二人の“レザーフェイス”のあいだで交わされた会話の内容を理解したリリの頬が引きつる。懐かれるのは大いに結構だが、いまは一人だけで手一杯だ。せめて体勢を整えさせてもらわないと確実に潰れてしまう。

「わ、トーマス待て! 待て! 無理だって、私の体は二メートルの大男二人を支えられるほど丈夫にできてな……」

鈴虫と小鳥の合唱が高らかに響き渡る午後に、もうひとつ賑やかな声が加わった。

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