飼育員と長女…と保護者

ブルーはアオイのことが嫌いだ。
半年間毎日欠かさず顔を合わせている相手によくもまぁここまでつらく当たれるものだと感心するほど、あの幼い恐竜は彼女のことを敵視している。
誰の目から見ても、その事実は悲しいまでに明らかだった。
日々あんなに愛らしい仕草の数々を見せてくれるブルーがアオイにだけ冷たく当たるのはどうしてなのか? 性別の問題だろうか。オーウェンには理由が突き止められずにいる。
自分にだけ懐いてくれている、その実感は彼の自尊心をくすぐりはしたものの、それだけではラプトルの調教に深く関わっているアオイを蚊帳の外に放り出していい理由には足りないだろう。

つま先に鉄板の入った重たい安全ブーツで砂利道を踏みしめながら、オーウェン・グレイディはアオイのことを考えた。
あの新任アドバイザーは思った以上によくやってくれている。初対面で反感を抱いてしまったことがばかばかしくなるほどに。

十年以上も大型肉食獣や猛禽類の世話に親しんできただけあってラプトルの扱いや調教方法を飲み込むのは早かったし、命令を下すことに臆さないのはいい傾向だ。
「ミカヅキモからヌーまで、なんでも好き」とは本人の弁だが、その言葉通り生き物が好きな彼女はラプトルだけでなくパークの恐竜たちを等しく尊重しており、そんな姿勢にも好感を抱いた。
そんな彼女にもっとも手を焼かせているのがブルーだが、オーウェンには自分ならブルーと対等に話し合える自信があった。だからこそ今日はこうして一人でラプトル厩舎までやって来たのだ。

裏口まで近づいたとき、誰もいるはずのない屋内からこそこそと話し声がして、オーウェンは思わず息をひそめた。
反射的に壁の陰に身を隠してからその行為の無意味さと間抜けさを意識したが、もうすでに中に入るタイミングを逸していた。

「ブルーちゃんおいでおいで、ほらこっちおいで、ブルーちゃーん?……せめてこっち見てー」

なんというタイミングか、今まさに案じていた通りの人物の声が聞こえてくるではないか。
続いて尻尾をやみくもに振り回す風切り音と、フシュフシュという鼻息が聞こえてきたが、この程度の反応なら“まだ”本気で怒ってはいないから助けに行くまでもないだろう。

「仲良くしようよぉ」

ブルーの息がさらに荒くなる。
鋭い歯をむき出し、姿勢を低くして瞳孔を開かせている小さな恐竜の姿がやすやすと想像できた。

「言うこと聞いてほしいとかじゃなくて……ブルーちゃんと仲良しになりたくて……」

みるみる落ち込んでいく声のトーンは思った以上のダメージをオーウェンに与えた。快活でよく笑い、よく怒る彼女の弱い部分を知ってしまうことが嫌だった。

「ブルーちゃん私……ほんとうに……」

しゅんとして丸まった背中が眼に浮かぶようだ。もしかすると涙すら浮かべているかもしれない。
ぐっ、という音がしたがもしかして泣くのをこらえているのだろうか。ブルーが心を開かないことをそこまで思いつめていたのか。
オーウェンの拳が決意に硬く握られる。今こそ新入りのために一肌脱いでやるときだ。タイミングをうかがいそっと中を覗く。
すると、

「めっっちゃくちゃ焼肉食べたい」

次いで盛大に腹のなる音がした。

……帰ろう。あと心配してやった時間返せ。
悲しい微笑みをたたえたオーウェンは踏み出しかけた足を半回転させると、靴音を殺してその場を辞した。

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