街の喧噪が遠のく帰り道、ふと顔を上げると、真っ暗な空に冴え冴えとした満月が浮かんでいた。
眩しいくらいに輝くそれを前にしたら、声に出さずにはいられなかった。
「おー、凄い。綺麗」
隣で歩いていた貞子も顔を上げる。しかし、白い月に対して彼女が抱いた感想は私のそれとは少し違ったらしい。
「……リング」
「ん?」
「あの頃も、何日も……何日も何日もこれと同じ景色を見たわ」
リング?
……ああ、なるほど。確かに井戸のふちに切り取られた空は満月と同じに丸いだろう。
ちらりと盗み見ると貞子はまだ少し悲しい顔をしていたけれど、私はそんな彼女に拍手を送りたいと思う。
だって私にとってはこの世界は大きくて広くて気が遠くなるくらい果てしないのに、貞子はそれを井戸の底と重ねあわせた。それってちょっと凄いことじゃない?
「そうだね。私たちの世界も、どっかのもっともっとずーっと大きい世界の井戸の中でしかないのかも」
なんかSF映画みたいだねと私が笑うと、貞子は驚いたように長い睫毛をしばたたかせた。
それから「ニナの考え方って面白い」とくすくす笑う。数秒前に見せていた悲観的な表情はもうどこにもなかった。
「え、違うよ、貞子が言ったんだよ?」
「そうだった? うーん……まあいいわ、帰ろうか」
「帰ろ帰ろー」
例えここが這い上がれない井戸の底であったって、今度は二人一緒だもの。どうかそれを忘れないでいてね。