おかしな場所で熟睡しているニーナを目撃するのは、なにも今日がはじめてではない。
どこででも眠れる、いやむしろ眠りたがる彼女の奇行遍歴は押し入れの中にはじまりベッドの下やテーブルの下、廊下のど真ん中と実に様々で、ハンゾーもいい加減慣れてしまった。
いつだったか、空の浴槽でバスタオルにくるまっているのを発見したときにはさすがに呆れたが……。
そんな記憶の数々に比べれば、リビングの床に転がっているくらいは反応にも値しない出来事である。
ただしそれは、タオルケット代わりにしているのが人のスーツでなければの話。
クリーニングに出すつもりで掛けておいたものを、どういう訳だかニーナがちゃっかり拝借しているのだ。これにはさすがにため息が出た。
おかげでしわくちゃになったスーツ越しに軽く肩を揺さぶると、ニーナがいかにも億劫そうに目を開ける。
しばし胡乱な瞳で辺りを見回したあと、ハンゾーと目が合うなり次の展開を予測したか、はっと身構えた。
「返しなさい」
「いーやぁー……」
ぶかぶかのスーツを羽織ったまま、ニーナがごろごろと床の上を転がって逃げる。
今日のニーナは聞き分けが悪い。
テーブルの足にぶつかって行き場がなくなるとようやく起き上がったが、それでも床に座り込んだまま上着を返そうとしなかった。
そのかたくなな態度に、とうとう彼も折れざるを得なくなった。
ニーナ相手に力づくの手段など問題外だし根比べしている暇もない。それにどうせ一時間もすれば飽きて放り出すだろうと考えたのもある。
ところが、次ぐニーナの言葉が彼の予想を裏切った。
「コレちょうだい? だめだったらしばらく貸して」
何故、ハンゾーが視線だけでそう問いかけるとニーナは照れたように首をすくめた。いつも歯切れのいい言葉を紡ぐはずの唇がもごもごと言い迷っている。
「……だって。明日からまた仕事でいなくなるんでしょ?……さみしいんだもん」
苦笑いを浮かべたハンゾーが、ニーナの背中をぽんと撫でた。