ニワトリ騒動

薄汚れた窓から見える午後12時10分の空模様は、ラジオから流れる「今日のテキサスは一日中気持ちのよい晴天が続くでしょう」という予報を見事に裏付けていた。
代わり映えのない平和な一日。
ソーヤー家の長男ドレイトンは、彼が経営するガソリンスタンドへお勤めへ。
その下の双子は……おおかた、どちらがより良い肉を捕まえられるかとかなんとかでターゲットの物色に行ったんじゃないかな?
というわけで、今この家には末っ子のババと、昨日から遊びに来ている私の二人だけが……ではなかった、二階にいる彼らの祖父もあわせて三人がお留守番組として残されていた。
いや、いや。だからって私たちが戦力外だとか、暇人だとか思わないでほしい。これも大切な任務なのだ。
だって、いつ物好きな旅行者や図々しいティーンエイジャーが訪ねて、あるいは勝手に入り込んでくるかわからないでしょ?
とは言え今のところはそんな気配もなく、ソーヤー家は平和そのものだった。
お昼を目前に控えた家の中には、昨日の“収穫”を解体するチェーンソーの音と、それを操るババの不器用な鼻唄だけが響いている。
ちなみに、解体に関しては手伝えることのない私は目下読みかけの本を片付けるのに専念中だ。
ページを15枚ほどめくった頃、不意に飛び込んできた三つ目の音が私の意識を引き戻した。
耳を澄ましていると、チェーンソーが立てる爆音の合間に、ばさばさと鳥が羽ばたくような気配とニワトリの鳴き声が聞こえた。
どうやらこの家のペットがひどい飼育環境に対して怒りを爆発させているらしい。
よほど無視しようかと思ったのだが(ニワトリは結構怖い)以前野良猫が入り込んで大騒ぎになったことを思い出した私は、仕方なく椅子から立ち上がると隣の部屋の様子を見に行った。

「……あれ?」
部屋はもぬけの殻だった。
カーペットのように積もった白い羽毛が窓から入り込む風に舞い上がりふわふわと踊っているのは見慣れた光景だが、肝心の本体が見当たらない。
正確に言えば、小さなかごはいつもの場所に吊り下げられているものの、中にニワトリの姿がないのだ。
よくよく見れば、鳥かごの底部分がすっぽり外れて落下しているではないか。
と、言うことは……「逃げたか!」
振り返ると、白い体が大慌てで尻を振りながら自由への一歩を踏み出さんとしているところだった。

「ババちゃん、ババちゃん!」
喧噪のキッチンに飛び込むと、ババはびくりと肩を跳ね上げた。
その拍子に彼の手を離れたチェーンソーが血の浸みた床に落下してギュンギュン唸りながら暴れはじめる。
「わー! ひ、ひひ拾って! はやくはやく!」
「ウー!」
数秒のパニックののち、ババの力強い手がなんとかチェーンソーの電源を切った。
それから彼はきわめて慎重に——ほんの少しでも刺激を与えたら気まぐれな機械が勝手に動き出してしまうとでもいうように、愛用の道具をそっと作業台の上に寝かせると、黄色いエプロンで両手を拭いながらこちらへやってきた。
エプロンも血でべったり汚れているのであまり意味がないのではと思うのだが、本人は特に気にする様子もなく、どうしたの? と首を傾げている。
一瞬和んでしまった後ではっとした。
「ち、違う違う! まったりしてる場合じゃなくて!」
私の動転は繊細なババにそのまま伝わってしまい、彼はたちまち落ち着きを失った。まるでパニックに陥ったハムスターか何かみたいに、その場できょろきょろ動き回っている。
更に「ニワトリが逃げたの!」と告げた途端に、彼の狼狽はピークに達した。
「早く捕まえにいこ、お兄さんたちに怒られるよ?」
可哀想なくらいおろおろしている彼の腕を掴んで引っ張ると、ようやく事の重大さを理解したらしくドタバタと玄関に向かう。

二人で外に飛び出すと、白い鳥はちょうど庭の真ん中辺りで右往左往しているところだった。
ババが即座に駆け出して、私が後を追う。そして諦めの悪いニワトリも慌てて逃亡を再開した。
このまま逃がしてしまったらきっと大変な事になるというのに、私もババもなぜか大笑いしながら走っていた。
まったく、代わり映えのない一日のはずがとんだイベントが舞い込んできたもんだ。
「あ、ほらそっち行った! ババちゃん、がんばって!」
駆ける、駆ける、二人と一羽。
見上げれば、さんさんと輝く太陽だけが落ち着いた様子で白いベールをはためかせていた。

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