Glaring

果てもなく黒い空に、金色の月が浮かんでいる。
ぱたり、ぱたりと曖昧に落ちる雨もまた眩い色に輝いており、きっとこの雨は溶け出した月のかけらなのだろうと考えた。
だってほら、その証拠に月はもう半分も残っていない。

「うわー、涼しー!」

胸ほどの高さのフェンスから身を乗り出して、わたしは歓声を上げた。
夏の盛りの今頃でも、深夜、それも場所がビルの屋上ともなれば暑さなどどこへやら。雨の冷たさもまた心地よかった。
でもわたしがちょうどいいと感じる気温はシャーマンにとっては肌寒いのだろう、彼はわずかに肩をすくめている。

「寒い?」
「……多少」

言葉少なに答え、欠け落ちた月を見上げる彼の肌は青白く、夜の闇にもくっきりと浮かび上がるようだった。
どこかの家の明かりがフッと消えた。わたしたちはそれを合図にお互いを見る。
最後の夜。別れることを決めたわたしたちは明日からまたそれぞれの日常に戻る。もう二度と重なりあわない道を進む。
こうして見つめあうことも、もう二度とない。
だから、

「最後に覚えてるのがマスクの顔っていうのは嫌だな」

最後のわがままは案外あっさり聞き入れられて、シャーマンは銀色のマスクに手をかけた。
露になった色素の薄い瞳は今日の月にあまりによく似ている。
視線は揺らぎもせずに真っ直ぐで、この瞳は今までわたしをどんな風に見ていてくれたのだろうと思って心が締め付けられた。
そして今この瞬間は? きっと、きっととても弱くてどうしようもない存在に見えているはずだ。

「ごめんね」

あなたの存在はわたしには眩しすぎて耐えられなかった。
伸ばしかけた手を引っ込めてしまったわたしは、きっとわたし自身に負けたのだ。
あの月と同じくらい近い場所に居たあなたに手を伸ばしていれば、触れていれば、何かが違っただろうか。
多分、そうだと思う。わたしたち、きっと今以上に寄り添っていられた。
——だけど月は手に入らないでしょう。

「シャーマン、ごめんね」

どうか、どうかお願い。わたしを覚えていて。いつまでもじゃなくていい、弱いわたしを責めていい。
だけどもうしばらくだけ、わたしを覚えていてほしいの。

「ごめんね」
「謝罪ハ……」
「必要ない?」

言葉の途中で黙りこくってしまった彼の後を引き継いだ。
いくらおしゃべりが苦手だからって、こんなときでも変わらないなんて。だけどそれがなんだか嬉しかった。
シャーマンの青白い腕がのびてくる。彼は初めて自分からわたしに触れた。
わたしは彼の手に自分の手を重ねあわせて、本当に言わなくてはいけない言葉を小さく吐き出した。

「さよなら」
「《さよなら》」

最後のキスを交わしたその時、月は溶けて、消えた。

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