ごろごろ。

大変に平和な午後だった。
天気は晴れ。ほどよい気温で、風はほとんど吹かず、さらに携帯電話もインターホンも沈黙を守ってくれている中を、快いひとときが流れていた。

レックスはお気に入りのソファーに座って小型のスケジュール帳をぱらぱらとめくり、ぎっちり詰まった仕事の予定を確かめている。
退屈したスカーは何をするでもなく寝転がり、たまに目を閉じたり、やっぱり眠れなくてもぞもぞしたりしている。
それも、レックスのジーンズの太腿に頭を乗せて。

「ちょっとスカー、あんまり動かないでよ。痛いわ。ねえ、そろそろどいてもらえない?」
「いやだ」

べつに彼女を困らせたいんじゃない。単に居心地がいいからここに居たいのだ。
レックスの脚はよく鍛えられているが、それでいて女性らしい柔らかさというものを失っていない。この素晴らしい寝心地の特等席を手放すなどちょっと考えられないことだ。
爬虫類じみた腕を持ち上げ、彼はレックスの髪に触れた。ウェーブのかかった手触りのいい黒髪はスカーが愛してやまないものの一つだった。

「次はどこへ行く?」

不器用に髪をいじりながらスカーが尋ねる。

「来週にはカナダに。長期の仕事になりそうね」

レックスはぱたんと手帳を閉じて答えた。スカーの件はもう諦めている。どうせ言い出したら聞かない男だ。

「それからこっちは個人的にだけど、スイスにも行くつもり」

東アジアにも行ってみたいけど言語の壁が問題よねと結ぶ。
スカーはそれに頷きを返し、「俺を連れてってくれたら翻訳してやれるのに」と言って彼女を笑わせた。
少しも本気にしていない笑い声はスカーをむっとさせたが、彼はそれを口には出さなかった。だけど本当は一秒だって離れていたくないのに。

「なあレックス」
「なに?」
「レックスの世界は広いな」

レックスはまばたきをした。宇宙を飛び回る者の皮肉かジョーク……かと思いきや、スカーは真剣そのものである。

「なによそれ。本気?」
「本気に決まってるだろ」
「ふーん。で、どうしちゃったわけ? 突然変なこと言い出して」
「ただ……そう思った。俺の世界は狭くて、レックスの世界は広いなって」

言いながらのっそりと身を起こす。視線が逆転して、今度は彼が彼女を見下ろす番になった。
訝るレックスの茶色い瞳は深く、この目でいくつの自由を見てきたのだろうとスカーは思った。悔しい訳じゃない。悲しい訳じゃない。だけどどうしてか息が詰まるような思いがした。
二人の間を通り抜ける無言の時間が、彼の重苦しい感情をますます凝固させていく。

「いいんだ、何でも——」

彼は言いかけ、しかしレックスが何か思いついたように目を細めたのに気づくと口をつぐんだ。
いつでも凛とした彼女が今はどういう訳だか子供みたいな無邪気な表情を浮かべていて、それがスカーの好奇心をそそった。
レックスの華奢な手が彼の胸板に触り、「ねえ、スカー?」とどこか楽しげな声がささやく。

「今からあなたが知らない話を聞かせてあげる。それが終わったら、今度はあなたが私の知らない話をしてちょうだい」

スカーがきょとんとしていると、レックスは優しく口許をほころばせて付け足した。

「お互いの世界を一つずつ交換しましょう、どう?」
「……レックス」
「ええ?」
「好きだ」

スカーの言葉はまたしてもレックスを笑わせ、だけど今度はスカーも一緒になって笑った。
彼の世界が広がったその日は、実に平和な午後だった。

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