うららか

宇宙人が宇宙人拾ってきた。助けて。

事の始まりはほんの十分前——
ちょっとした縁で付き合いをしているウルフが、およそ一週間ぶりに我が家に姿を現した。
しかも、右手になにか小さいものを掴んでぶら下げて。
その小さいものは生きていて、乳白色で、手足は無く、長い尻尾をムチのように振り回しては甲高い声で不満を表している。
私には何を考えるひまもなかった。彼は“それ”をずいっと突き出すといつもの不機嫌な声で唸った。

「ん」
「ん?」
「育てろ」
「無茶言わないで」


私がこの凶悪かつ理不尽きわまりない“掃除屋”に歯向かうすべがあるのなら、誰かどうか教えてほしい。
ゼノモーフの幼体らしいそれを私が世話する事は、ウルフが決めたときから決まっていた。彼にとって私の意思などチリほどの価値もないのだ。
それにしてもゼノモーフの幼体なんて……。

「なんで殺さなかったの?」

ウルフが避けて通りたいと思っているに違いない質問をいの一番にぶつける事で、私は自分の優位を取り戻そうとした。
返事に窮する彼を見て楽しみたいと言う意地悪な気持ちも少しはある。

「……わからん」

理由ならこっちが知りたいと言わんばかりの口調。それでいて彼は私に何かを指摘される事を恐れている。
まだ一度の脱皮も経験していなさそうな小さなチェストバスターは、眼球の無い顔でしきりに私達を警戒して、しかしどこかへ逃げ去るつもりはないようだった。
宿主が人間でないのは一目瞭然で、その証拠に、口の周りにはプレデターそっくりの外顎がついている。

「この子女の子? 男の子?」
「知る訳なかろう。第一そんな下等生物に性別などあるものか」
「見たとこプレデターの要素も入ってるみたいだけど? そんな睨まないでよ。ねえ、じゃあ名前は?」

付けていないし考えるつもりもないとウルフは言った。

「そう……じゃ、“チェット”にする。昔飼ってた犬の名前。すてきじゃない?」
「好きにしろ」


数十分後、チェットは初めての脱皮をした。
体は一気にふたまわりほども大きくなり、鋭い鉤爪のある手と頑丈そうな脚が生え揃った。
後ろに長く伸びた頭部には、プレデターのそれにそっくりのドレッドヘアが揺れる。
ゼノモーフの頭にプレデターの髪。なんだか妙な感じだが、チェット本人もその風変わりな髪が気になるみたいで、さっきからしきりに手で引っ張ったり頭を振ってみたりしている。
“なんでこんなモノが生えてるんだろう!”……そう思っているのかもしれない。まるで自分の尻尾を追いかける子犬みたいで微笑ましいではないか。

「にしても見事な脱皮殻……」

こうも完璧だと財布に入れておきたいくらいだが、しかしよくよく考えたらこんな大きいものが入るわけないな。
私はまだ湿っているそれを床からつまみ上げた。

「ねーウルフ、脱皮殻って燃えるごみ? 燃えないごみ? リサイクルごみ?」
「知るものか」
「掃除屋のくせに……」

私のこの一言はウルフの不機嫌メーターの目盛りを思いきり押し上げたらしく、彼はすっくと立ち上がりこちらに背を向けてしまった。どうもどこか別の場所に行こうということらしい。

「え、ちょっとウルフ——」

私を一人にするつもり? チェットを置いて? それは困る。すっごく困る!
……が、そのとき予想外の事態が起きた。

それまでおとなしく遊んでいたチェットが急に立ち上がったかと思うと、あろうことかウルフに飛びかかったのである。
自分のそれとよく似た髪の毛目掛けてハイジャンプ、だ。
私も非常に驚いたがウルフも同様らしく、かくんとのけ反る彼の喉から間抜けな声が飛び出した。

「この……貴様……!」

崩れ落ちなかったのはさすがと言うべきか。
だがよほど恥ずかしかったらしく、ウルフの手が腰に下げた鞭へと伸びる。背後に赤々と燃え盛る怒りの炎が見えるようだ。
対するチェットも負けじと背中を丸めて唸る。将来有望な気の強さである。
ここで宇宙戦争勃発は私が困るので、面倒ごとになる前にそそくさとチェットを抱き上げた。

「いたずらしちゃダメよー。ウルフおじさんは短気だから。あ、短気ってわかる?」

子供をおとなしくさせるには寝かせるのが一番いい。私は腕の中でチェットの小さな身体をよしよしと揺らした。

「疲れたねー。ねんねしよっかー」

が、そうそう上手くいくことばかりじゃないのが子育てというもので……。

「ん、もう大人しくしてってば——あっ痛っ!?」
「噛まれたか」
「ちょっとだけ。服の上からだし貫通はしてないから心配しないで」
「別に心配などしとらん」

この態度。どうよこれ。助けるどころか追撃を加えてくるんだからほんと性格悪いよね!

「チェットがぜんぜん寝ようとしないんだけど」
「そんなもの、私に訴えてどうなるものでもないだろうが」

そう言っていかにも煩わしそうにこちらを睨み付けるウルフだが、そもそも騒動を持ち込んだのは自分だと言うことを、このおっさんは忘れてるのんだろうか?
いい加減その傍若無人さに腹が立ち、私は暴れるチェットをウルフに押し付けた。

「ちょっとくらい協力してよ。ほら、子守唄でもうたってあげたら?」
「気でも違えたか貴様」
「っていうかウルフが連れてきたんじゃん、自分で何とかしてよ!」
「黙れ! 私が好き好んでこんな——」

瞬間的に怒りの沸騰したウルフが理不尽にも私を怒鳴り付けた。まあこのくらいは毎度の光景なのでなんということもない。
それより私は、彼の語尾が急にしぼんでいったことの方に驚いた。ウルフは何か信じられない事態に気づいたかのようにぎこちなく自分の手元に視線を落とす。
その視線を追いかけて私も気がついた。いつのまにかチェットがすっかり大人しくなってる、って。
いや、それどころか小さなお姫様は完全に眠りに落ちていた。
私とウルフはどちらからともなく顔を見合わせ、だけど噴き出したのは私一人だった。

「ほら、やっぱりウルフの方がいいって」

唸り声。マスクの下で紙が挟めそうなくらい深く眉間に皺を寄せている顔が目に浮かび、思わずクスクス笑いが漏れた。

「ねえウルフ? 私たち、なんか夫婦みたいじゃない?」
「一度貴様の頭の中を見てみたいものだな」

ウルフは心底うんざりしたようにそう答えた。

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