誰も悲しまない結末

始まりはいつどこでだっただろう。
教室? カフェテリア? それとも学校の駐車場?
もう思い出せない。けれど、気がつけば私は彼女の横顔ばかりを探すようになっていた。
彼女よりも華やかで派手で人目を引くような子は数えきれないし、かっこいい男の子もそれなりに居るのに、それでも不思議な事に私の目はいつだって彼女だけに吸い寄せられるのだ。
不自然に着飾った男女を何人、何十人束にしたところで、たった一人の内気な少女——ナンシー・ホルブルックには到底敵いっこないとすら思う。

「ハァイ、リリー」

底抜けに明るい声につられて顔を上げると、豊かな金髪をたたえたクラスメイトがこちらを見下ろして微笑んでいた。まさに華やかで、派手で、人目を引くタイプの子だ。

「実は今晩サマンサの家でパーティーがあるの。リリーもどうかなって思って」

みんなで盛り上がるのよ。長い長い睫毛をしばたたかせる彼女はそう言った。
私は曖昧に「ああ、うん。じゃあ考えとくね」と答えつつ、最初からこの誘いに乗るつもりはなかった。酒にもドラッグにも馬鹿騒ぎにも興味はない。

「よかった、絶対来てね!」
「わかった」
「絶対絶対ね。楽しみにしてるわ」

露出の高い背中が立ち去るのを、私は大した感慨もなく見届ける。
口ではあんな念入りなことを言っていたが、どうせ今日の夜には私を誘ったことすら覚えていないだろうな。
ふたつ後ろの席ではナンシー・ホルブルックが別の子から例のパーティーの誘いを受けているところで、彼女はつい数秒前の私とまったく同じ表情を浮かべていた。
相手が立ち去るとナンシーはようやく肩の力を抜いて、それから……ふっと顔を上げた。
視線が真正面からぶつかる。繊細なグリーンの瞳は訝るような色を浮かべていて、急に恥ずかしくなった私は椅子を鳴らして前を向いた。
ああああ、可愛い。やっぱり可愛い。けど、変に思われたかもしれない。それとも偶然目が合っただけだと納得してくれただろうか……。
もう一度振り返って確かめる勇気などなく、それからは授業の終わりを告げるベルが鳴るまでひたすら黒板を見つめていた。

午後3時。ずらりと並んだ教室からあふれ出した生徒の群れで廊下がにわかに騒がしくなる。
まっすぐに帰宅する者や、部活動あるいはデートやアルバイトに向かう者が入り乱れる中、ナンシーの姿を探してみたがどこにも見当たらなかった。もう帰ってしまったんだろうか。
少しだけでも話したかったが仕方ない。私はロッカーから荷物を取り出して友達にさよならをすると図書室へ足を向けた。

図書室は私の憩いの場だった。窓からの眺めもいいので、予定が許す限りここで空の移り変わりを見るのが私の日課なのだ。
今日は利用者もまばらで、いずれもが思い思いの場所でノートを広げたり、本を探し歩いたり、おしゃべりをしたりしていた。
足下を見れば、窓枠のかたちに切り取られた光がカーペットを淡く染めている。
陽光はいまだ白く暖かく、夕刻は遠い。
私はいつも通り窓際の席を選んで分厚い本を開いた。どこまで読んだっけ?
ぱらぱらとページを捲っていると、ふっと影が落ちて「ここ、座ってもいい?」と女性の声が降ってきた。

「ええ——」

どうぞ、の一言は溶けて消えた。私の視線の先でナンシーの長い栗色の髪がきらきらと輝いていたからだ。
彼女が側に居る時はいつもそうなるように、耳の奥で心臓が早鐘を打ち始める。

「邪魔だったら……」
「えっ、いや、全然! 全然そんな事ないよ! どうぞ、座って」
「ありがとう」

向かいの椅子を静かに引きながら、ナンシーは「それ」と私の手元を指差した。

「うん?」
「それ、私も好き。どのあたりまで読んだ?」
「えっと……三分の二くらいかな。これ面白いね、終わったら他のシリーズも読んでみたい。ナンシーも本好きなの?」

すると彼女は「ええ、割とね」と淡く微笑むから、私はナンシーにもはや何度目かも知らぬ恋をしてしまうのだ。
一瞬の間を置いて桃色の唇がそっと呟く。

「リリーはいつもこの席にいるのね」
「うん。ここが一番好きかな。ほら、あんまり日も当たらないし景色もいいから……」
「——私も好きになれそう」

手を伸ばせば届く距離で、相変わらず透明な瞳が私を映していた。

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    エルム街の悪夢ナンシー
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