Sunflower

真っ黄色のカマロが道の向こうから走ってくるのが見えたとき、私は庭で飼い犬の体を洗ってやっているところだった。
シャカシャカと漏れ聞こえてくる音楽のビートが“彼”の上機嫌を物語る。

犬が一声吠えた。だけどそれは車に対してではなくて、「この泡を早く洗い流せ」という私への不満だろう。
カマロに右手を上げて合図してから急いで犬を洗い上げる。「よし」とお尻を叩いた瞬間大喜びで駆け出した犬はさっそく芝生の上を転げ回って体を汚しはじめたけど、いつもの事だからまあいいや。
服の裾で両手を拭いカマロに近づく。初夏らしい気温に恵まれた今日、ヒマワリ色のボンネットはすっかり熱くなっていた。

「おはよう、ビー」
「《会えて嬉しい》《ご機嫌いかが?》」
「おかげさまで。なにかご用?」
「《昨日の雨が嘘のような快晴で絶好のお出かけ日和に……》《デートに誘ってるんだよ、お嬢さん》」
「ふふふ。もちろん喜んで。あ、でも待って、着替えて来なきゃ」

少しかかるかもと告げて再びボンネットに触れる。ざらりとした感触。しばらく“風呂”に入れてもらっていないらしい。
ふと白っぽい小さな汚れが気になった私は彼の上に身をかがめた。フロントガラスのすぐ下から鼻先に向かって点々と続くそれは、よくよく見れば猫の足跡スタンプだった。

「あらら。可愛いのつけちゃって」

バンブルビーはカーステレオのおしゃべりをやめ、さも“不満です”とばかりにワイパーを動かした。可愛い奴め。

「こうしない? 今日は家でデートするの。洗ってあげる」

朝の水やりで使って放り出したままになっていたホースを拾い上げ、かかげてみせる。黄色いカマロの機嫌はたちまち上向いた。

「《わお、本当に?》《やったやった!》《きみは命の恩人だ》」
「もう、大袈裟なんだから」

洗車用品を詰めた箱を手に戻った時、バンブルビーは待ちきれない様子で流行りのポップスをハミングしていた。

「はー、重た」

私は愛車というものを持たないが、おかげさまで車と縁深い生活を送っているのでこういったグッズだけは豊富にある。
必要なものがすべて揃っていることを確認し、蛇口を解放するとホースから勢いよく水が流れ出す。

「ビー、窓閉めた? 半ドアになってない? OK? 水かけるよー」

跳ね返ってくるしぶきが涼しい。
水は上から下へ。屋根からドアと窓、それからボンネットと言った具合に。うん、我ながら要領がよくなってきたと思う。
車の洗い方はラチェットからみっちり指導された。彼はなんと言うかマニュアル人間だ。あ、人間じゃないか。
タイヤの泥まできっちり落ちたのを確認してから、バケツに洗剤と水を注いで泡立てた。

「楽しい? 毎日」

ピンポン、というクイズの正解音と盛大な拍手。彼が即答してくれたことが嬉しかった。

「《さて、そちらのお答えは?》」
「私? まあまあかな。けどほら、暑くなってくるとどーしても勉強に身が入らなくてさ、それはやばいかなって気はしてるけど」

洗剤を含んだスポンジがつるつる滑る、私の口と同じくらいなめらかに。
不思議なのだが、バンブルビーといると人間相手に話すとき以上にたくさんのことを語りたくなる。
普段なら記憶の箱に仕舞いっぱなしにしてしまうようなささいな出来事も分かち合いたくて、時間が足らないと嘆くこともしばしば。

犬が通っただとか、今のは蛾、それとも蝶? などと言い合っているうち、バンブルビーの身繕いにもゴールが近づいてきた。
私は七ツ道具をスポンジから人工セーム革のクロスに持ち替えて、日差しの中で輝きを取り戻しはじめた黄色いボディを磨くことに専念する。
バンブルビーはといえば、絶え間無く音楽を口ずさみ、ときどき疑問を口にしたり、クイズを出したり、“元の姿”に戻ってもいいかと訊いて私を困らせたりした。

「ダメに決まってるでしょ。こんなとこにかっこいいカマロが——え? ああ、うんうん、かっこいいかっこいい——停まってるだけでも目立つのにこのうえ何のアピールをしたいのよ」

フロントガラスを磨く。どうしても落ちない曇りがあることに気がついて、私は目をこらした。

「ああ、これ内側か。……ちょっと失礼」

まだちょっぴり拗ねているようなバンブルビーの運転席側のドアを開け、シートに滑り込んだ。
ダッシュボードに片手をついて、クロスで汚れを取り除く。その時いきなりドアが閉まった。ご丁寧にロックまで。

「熱中症になる前に出してよね」

無言、そして無風。風がなくなると濡れた服が急に不快さを増す。Tシャツの衿元を引っ張って頬を拭った。

「ビー、ねえバンブルビーってば。暑いんだけど。なんか言ってよ」

バンブルビーは答えない。そのかわり、ステレオからロマンティックなバラードが溢れ出した。
なんてわかりやすいんだろう、なんて、ここで笑ったらきっと彼はしょんぼりうなだれるんだろうけど。

「ビー?」

調子のいい彼が珍しくためらっているのを感じる。やがてラジオがかりかりと雑音を吐き出し、続いて聞こえるか聞こえないか程度のボリュームで言葉を紡いだ。

「《二人で……》《一緒にいてほしい》《夜になるまで》」

急に泣きそうになった。またシャツで汗を拭うふりをしてうつむいた——ほんの二秒間だけ。

「喜んで。でも先にワックス塗ってからね」

シートに触れ、ダッシュボードに触れ、ハンドルに触れる。
可愛い可愛いバンブルビーはまたしてもヒマワリのように上機嫌になり、全身でポップスを奏ではじめた。

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