in The Cage

「はー、さむっ……」

呟いたのはこれで何度目だろう?
暖房の熱が届かないキッチンの冷気とゴム手袋越しにも痛い11月の水温攻撃を受けて、洗い物を終えたばかりの私の指はすっかりかじかんでいた。
イリノイ州でもこのあたりは温暖な地帯のはずが、今年はやけに冷え込みが早い。
早く暖かいリビングに戻りたい一心で調理器具と二人分の食器をせっせと片付ける。あとひとつ。これでおしまい!
その時、ふいに背中の重力が増した。

「ひっ!?」

何の前触れもなく訪れた重みに心臓が竦み上がり、だがすぐさま気を持ち直す。
背中に覆いかぶさる人物の見当がつかないわけじゃないし、こうやって家事の邪魔をされるのも日常茶飯事だからだ。

「もー、やめてよねジェイソン」

ところが、である。
あとで遊んであげるからと言いかけたところで腹に絡み付いている腕が青い服を纏っていることに気がついて、私はあやうく包丁を取り落としそうになった。
信じられない気持ちで振り向くも、やっぱりそこにいるのは甘えん坊のジェイソンではなくマイケルではないか。
あっそうかージェイソンはクリスタルレイクに里帰りしてるんだっけ……じゃなくて、なんだこの状況は。

「なっ何……?」

マイケルは答えない。抜け出そうにも力強い腕はびくともせず、体を少しよじるのがやっとの状態だった。
多分、昨日のハロウィンに妹を殺せなかったことが悔しくてしょうがないんだと思う。
蛇口からしたたる水滴と同じくらい単調なリズムを刻む彼の鼓動とは真逆に、その胸の内がどれほど煮えたぎっているのかと想像すると、おかしいような、気の毒なような……。
特に今年はかなり気合いを入れてたみたいだから。完膚なきまでに打ちのめされた去年のリベンジだって。
そのせいで余計にダメージ喰らってるのかも。

「どうしたもんかね」

マイケルにがっちり抱きしめられ——と言うよりは拘束されたまま、私はぽつり呟いた。
寒いし苦しいし重いしなにより嫌な予感しかしない、この状況。

「でもほら、待つのは得意でしょ? ね?」

なんたって15年間の“待て”を遂行できたんだからと笑ってみせた。
それでもマイケルの気持ちを和らげるには至らなかったようで、白マスクはぴくりとも反応してくれなかったけど。
もーダメ。お手上げ。そう思ったとき、彼はふいに向きを変えると、私の腕を荒っぽく掴んだまま隣のリビング向かって歩きだした。
そのままボスンとソファに座り込む。今度の私の定位置は彼の脚の間になった。
片腕は相変わらず私に巻き付いたままで、そして、もう片方の手にはどこから取り出したのか刃渡りの長い台所包丁が握られている。
鋭い切っ先が触れているのは私の腹だ。
あっ、これ刺される。立ち上がったら確実に刺される……!

「マイケル、あのさ、逃げない、逃げないよ? でもほら、なんて言うか、耳元でハァハァされるのはさすがに」

だからせめて隣に座るんじゃダメかな、そう言おうとしたけど、マイケルの行動の方が少しだけ早かった。要するに刃先が数ミリほどめり込んだ。

「……なんでもないです」

情けない私の頭頂部にのしりと顎が乗せられて、その重さの中にいよいよマイケルの不機嫌を実感する。
鼓動だけはこんなに穏やかなのに。
やり場に困る手をマイケルのごつい手に重ねると驚いたようにぴくりと跳ねた。冷たかったのだろうか。マイケルは案外体温が高いから。
包丁が私のお腹を撫で、胸の間をくすぐり、鎖骨を通って喉元に触れた。
息を呑んだのは怖かったのと冷たかったのと両方あるけど、何度か繰り返されているうちにどちらも気にならなくなった。
反応がなくてつまらなくなったらしいマイケルは、とうとう包丁を放り投げてて両腕で私を抱きしめた。苦しくて咳込んだらほんのわずかだけ力が緩み、だけど解放には程遠い。

「まさか一生このままってことはないだろうけど」

さて、わがままなブギーマンの機嫌が直るまで、あとどれくらい?

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