ケーキは溶けてしまうから

ほっそりとした後ろ姿が坂道をのぼっていく。
脱色して傷んだ金髪を風になびかせながら、退屈そうな足取りで、ふらふらと日差しの中を歩いている。
カリーナの背中を見かけるといつもそうなるように、私の頭も身体も急に息を吹き返し、ぎこちなく跳ね上がるのがわかった。
見たいのはあの子が振り向くその瞬間。もったいぶるみたいな腰のくねりや脚の動きは決して見飽きることがない。

「カリーナ」

だけど夕方の喧騒に私の声はあっけなくかき消されてしまい、濃い黄色のチューブトップにミニスカート姿の背中はまた少し遠ざかってしまう。
こんな日に限って履いてきたヒールの靴を、今ここで脱ぎ捨ててしまえたらいいのに。

「カリーナ!」
「んぁ」

二度目の大声でやっと気づいた彼女の歩調がゆるんで、間の抜けた返事と一緒に、やっと頭がこちらを向いた。
頬に張りつく髪をうっとうしそうに払いのける顔に驚いた様子はなく、グロスを塗った唇の隙間でキャンディの持ち手が踊っている。
その白い棒をつまんでくるりと回したカリーナは、私が近づくのを待ってから「おはよ」と勝気な笑みを浮かべた。

「いま6時だよね。夕方の。また昼夜逆転してるんだ」
「エマは細かいのよいっつも。そうだ、ちょうどいいからバイク出してくれない」
「え、今からはちょっとめんどくさいかも……どこか行きたいの?」
「だって泳ぎたくなるじゃん、こんなに暑いと」
「飛び込みはもうやらないからね、しばらく。あざになって大変だったんだから」

つい口が滑った。数週間前、酔っ払ったノリで柄にもなくはしゃぎまわった日のことなんて、思い出したくも思い出させたくもなかったのに。
私をからかえる材料にはいつも喜んで食いついてくるカリーナは案の定目を輝かせてるし、こういうところは本当に意地が悪い。

「なに? あんなに楽しんでたくせに」

口の中でキャンディを転がしながらカリーナがけらけらと笑い、取り出したそれを私の唇に押し当てた。人工的なパイナップルの匂いと生暖かい温度は非現実ですらある。
ぐい、と押しこまれたキャンディは知っているのとは少し違う味がした。カリーナの味なのか、あるいはただのマリファナタバコかもしれない。
私たちのすぐそばを、教会で門前払いされそうな卑猥な会話を交わしつつ馬鹿笑いする二人組が通り越していく。彼らは値踏みの視線で私たちを眺め回したけど、幸い声はかけてこなかった。

「ふー、危なかった」
「何の話?」
「めんどくさいのに絡まれなくてよかったなって。それだけ」

この子と一緒だと私までそういう仕事に間違えられることが度々あるから、ああいう目を向けられるとつい警戒してしまう。
私はまだ男たちが消えていった小道の方を睨んでいて、意識を引き戻してくれたのは寄りそってきた華奢な肩だった。でも、彼女が何を言ったのかまでは聞いてなかった。
だってびっくりしたの、カリーナの肌があまりに熱くて汗まみれだったから。まるでこんな冗談みたいな気温のなかを、一日中ずっと歩き回ってたみたいに。

「なに? ごめん聞こえなかった」
「だから行こうって言ったの。“めんどくさいの”に絡まれる前にさ。早く」
「けどカリーナ、あのバイクが音速で走れるように見える?」
「は? 意味わかんない」
「今から行って戻ってなんてしてたら、仕事の時間に間に合わなくなるんじゃないのって」

時間の移ろいとともに、街の様子も通行人の様子も徐々に変わりはじめていた。
騒々しくも活気に満ちた景色から、夜のむせ返るような濃い色を伴った気配に。それはまさにカリーナのための色だ。彼女が踊り、誰かの上にまたがってはまた踊る時間を飾り立てるための特別な色。
だけどカリーナはあっさりと首を振るとこう言った。

「今日は休みだからそれはいいんだってば。そっちはどうせ他に用事もないくせに」
「失礼な。私だって結構忙しいんだから」
「へーえ、でも今日は全部キャンセルしてよ。いいでしょ別に」

なぜかふてくされたようなカリーナが私の手からキャンディを取り上げる。
小さくなった宝石はあっという間に噛み砕かれて、あとに残った白い棒もごみだらけの路肩に投げ捨てられた。

「今夜はエマだけにサービスしてあげるから」
「またそういう訳の分からないことを……」
「気づいてる? 今夜はめちゃくちゃ暑くなりそうだって。どう、泳ぎたくなってきたんじゃない?」

さっきから不思議に思っていたが、今日のカリーナはやけにしつこくないだろうか。
いつもなら一度断れば「あっそ、ならまた今度」なんてあっさり背を向けて立ち去るのに、こんなに食い下がってくるなんて全然彼女らしくない。
戸惑う私の全身に重苦しい潮風が吹き付ける。カリーナの言うとおり、今夜は熱帯夜になるだろう。

「まあ……たしかに暑いのは暑い。まだ7月なのにね」

私がぼんやりそう答えると、カリーナの上目遣いにじれったそうな色が浮かんだ。それともこれは何かを期待している顔だろうか?
舌の上にふいにパイナップルの甘さがよみがえって、思わず唾を飲み込んだ。さっきの自分の言葉が妙にひっかかっている。7月……そういえば今日は何日だっけ?
そのとき、いつものぎこちないぎゅっとした締め付けが私の胸を震わせた。まるで答え合わせをしてくれるみたいに。
かわいいカリーナ。まさかそういうことなの?

「よし、じゃあわかった」
「行く気になった?」
「まぁ私は優しいからね。真夜中までなら付き合ってあげましょう」

素直じゃない子にはおめでとうなんて言ってあげない。だけどカリーナはそんなこと全然気にもとめずに、私の指に指を絡めると、いつものように軽やかな足取りで歩き出した。

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