GHOST

どうやら私は死人らしい。

他人事のような口ぶりなのはいまいち実感に欠けるからで、それは何故かと言うと、自分がいつ死んだのかもどうやって死んだのかもわからないせい。
自覚する限り悲しみを引きずっているわけでも、晴らせない怨みを抱いているわけでもないのだけれど、どうしてか私は霊となってこの世をさ迷っている。

あ、幽霊って飛べないの知ってた?
そうなの。漫画とかアニメとか嘘ばっか。
どこかに行きたければ歩くか、走るか、あるいは電車やバスや飛行機なんかを使わなきゃいけない。料金はいらないけどね。
通りがかりの車に乗せてもらう手もあるかな。鈍い運転手なら、助手席に滑り込んでもまず気づかれない(たまに対向車がぎょっとして見てくる)。
あとは自転車やバイクの後ろに勝手に相乗りさせてもらったり。
とは言え私の場合、これらの手段を使うのはまれで、よほどの距離でない限りは自分の足を使うことにしていた。

「ってことでねー、ここまで歩いてきたんだよ! 朝から! 凄くない?……まあ疲れないしね、時間も余るくらいあるし。幽霊って暇だよね、ほんと」

今日やって来たのはとある森のハイキングコース。
とは言っても上級者向けのココじゃ人間より野性動物と遭遇する方がはるかに多いんだけど。
で、話し相手は最近出来た友達。しかも人間じゃない友達。
こちらをじっと見下ろしながら、答えるでも頷くでもない奇妙な友人を、私はリバー・ゴースト・エイリアンと呼んでいる。
だけどリバーは幽霊ではないのかもしれない。だって川で魚捕って食べるし。たまに人間襲うし。

彼(便宜上こう呼ばせてもらおう)の姿形を説明するのはちょっと難しい。
頭と、二本の腕と、脚。骨格はざっくり分類すれば人間に似てるけど、細部は何もかもが違っていた。
外見は筋肉がむき出しになったみたいに筋ばっていて、いつもぬめぬめしてるみたい。その表皮には共生関係ってやつなんだろう、無数の小さな虫が常に這い回っている。
そうそう、それからリバーは言葉を喋らない。時おり高い声で鳴いたりはするけど地球の言語は不得意のようだ。
べつに残念ではない。意思疎通が出来るとしても話題はないし、自分の名前すら忘れている私にはその方が気楽だった。

……と言うわけで、今日も私たちは黙ったまま何をするでもなく川べりに並んで座っていた。
幽霊ってほんと暇な生き物。川の流れる音と鳥のさえずりを聞くしかやることがないなんてね。

「向こうまで散歩してみようかなあ。どう思う?」

リバーは答えない。その代わり、背後でぱきっと枝の折れる音がした。

「なに!?」

思わず叫んじゃったけど、違うの。そんな小さな物音にびっくりしたんじゃなくて、リバーの両肩の突起がぶわって広がったことに驚いただけ。
たぶん、エリマキトカゲに威嚇されたらこんな風にびっくりすると思う。
さらに物音。ビビり屋のリバーが助けを求めて私にしがみつ……こうとして空振った。混乱したリバー(まるでたった今私の正体に気づいたみたい)の羽が更に広がる。

「鹿じゃない?」

そうなだめてみたけど、威嚇音を出すのに忙しいリバーはもはや私の声なんて聞いていない。

「私はどっちかって言うとその『カカカカカ』って音のが怖いけどな……。あっ、」

がさがさと茂みが揺れる。
豊かな緑の合間から、すらりとした獣が姿を現した。細長い菱形の耳、優しい瞳、オニキスみたいにつやつやした鼻。

「ほら、やっぱりただの鹿じゃん」

美味しいものにはありつけそうにないとわかると、闖入者はすぐに森の奥へ引き返していった。
残されたリバーはまだあたりを警戒して羽をひくひくさせていて、もしかしたら鹿より臆病なんじゃないかな、この生き物。

「この見かけ倒しぃー」

リバーの落ち窪んだ目がこちらを見下ろす。前歯をカチカチ鳴らしてちょっと怒ってるみたいなのが面白くって噴き出しちゃったらもっと怒ったみたいでパンチが飛んできた。
もちろん、私には引っ掻き傷ひとつつかないわけだけど。
いよいよ混乱したリバーはまたエリマキトカゲに逆戻り。『おかしいな?』ってそわそわする彼が今までになく可愛く見えた。
幽霊ってほんとどうしようもなく暇な生き物だけど、たまにこういう楽しい出来事があるから、まだ成仏しなくてもいいかなって思うの。

「ねえリバー。あんたもそう思うよね?」

リバーは相変わらず答えず、ただ私だけがくすくす笑っていた。

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