犬飼さんと私

『記録的強風の嵐に……洪水……外出は控え……欠航に……』

横殴りの雨と風に煽られ悲鳴をあげる窓がうるさくて、テレビの音声は途切れがちにしか聞こえない。
ともかく、大変な嵐になったのは確かだ。

「ねえ、そこも閉めたいんだけど」

ガタガタと揺れている窓に目をやれば、大柄な異星人がべったり張り付いて大惨事の屋外を眺めている。
この男がどうしてもと言うからそこだけ鎧戸を開けたままにしているのだけど、どんどん雨も風も強くなるしさすがに不安になってきた。

「ちょっと、犬飼ってば」
「んー」

聞いているのかいないのか、彼は気のない返事を寄越すだけで動こうとはしない。
ところで、『犬飼』というのは本名不詳の彼のために私が考えた呼び名だ。由来は……言わずもがな。
トラッカーと呼ばれていた頃もあるらしいので、フルネームにするなら『犬飼トラ夫』だろうか。うむ、悪くない。
その犬飼が、ふいに振り返る。マスクの目がキラキラしているのは単に照明のせいなんだろうけど、なんにせよ、彼が興奮していることに変わりはなさそうだ。

「……なにうずうずしてるの」
「外! 外!」
「うん、すごいね。夜からは雷も鳴るらしいよ?」
「雨!」
「会話しろ」

どうやら彼は外に出たいと考えているらしい。こんな悪天候なのに、どうしてわざわざ。
これじゃ犬達の方がよほど利口じゃないか——床に寝そべってすやすや眠る三頭の狩猟犬に目をやる。
しかしそのお利口さんたちも飼い主がマスクの中で笛の音を鳴らした途端に一斉に起き上がってしまったのだけど。
今や犬も完全に『お散歩モード』に入っており、待ちきれない様子で飼い主を見上げている。
結局、犬は飼い主に似るのだろう。


呆れたことに、降りしきる雨の中に飛び出した異星人と犬達は唸り声を上げながら庭を跳びはねはじめたではないか。
それもただはしゃぎ回っているのではなくて、なにかしらのルールが敷かれているらしい。庭の端から全力疾走して、真ん中辺りに来ると大きく跳躍する。これを一人ずつ順番に繰り返している。
三巡目くらいまでは、何をしているのかまるでわからなかった。……が、そのうち気がついた。

「あー……走り幅跳び」

どうも彼等は追い風を利用して跳んでいるらしい。正直、ちょっと記録が気になる。
犬の脚には敵わずとも健闘しているらしい犬飼が上機嫌な様子でこちらを振り向いた。それに手を振って応えてやりながら思う。これじゃやっぱり鎧戸は閉められないなって。

「人生楽しそうでなにより」

……あ、今度は風に立ち向かいはじめた。馬鹿だ。

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