あなたをいつくしむまえに

今年の10月31日は、私にとって特別なものになるはずだった。一生に一度の体験を、見知らぬ相手に捧げるという“特別”。
当人そっちのけで盛り上がっている年上の仲間たちは、男の引っかけ方を事細かにレクチャーしてくれる。
もはや“あれ”が一大イベントでも何でもなくなった彼女たちにとって、二十歳を越えてまだ未経験な私は心配の種でしかないらしい。
やってみたらどうってことないのよなんて口を揃え、皆して私を奮い立たせようとする。
だけどダメ、ちっともわくわくしないし、ドキドキだって出来ない。

「ノエル、きっといい人が見つかるから」

煮え切らない私を心配したローリーが声をかけてくる。
去年のハロウィンに初体験を終えたばかりの彼女はすっかり大人の顔つきで、私が知ってるローリーとは別人みたいになっていた。
こんな風に変わるのを見たら、そりゃちょっとは羨ましくなるけど。

「だって私、はじめてはマリアとがよかったのに」
「もう……」

ローリーがまたかとばかりに天を仰ぐ。
同時に、新しい色に塗り替えたばかりの爪のチェックに余念のないマリアが椅子に座った身体ごとくるりとこちらを向いた。目が愉快そうに笑っている。

「残念ね、それはダメ」
「わかってるもん。言ってみただけ」

どんなに望んでも、彼女とは出来ない。それは許されない。

「こっちきて」

自分の膝を指してそこに乗るよううながすマリアのしぐさに、私は晴れない気持ちのまま従う。
ローリーはいよいよ呆れ返って、作り笑いを浮かべたマリアがばいばいと手を振って自分を追い返そうとするのをむしろ歓迎するかのようにさっさと背を向けた。
部屋には私たち二人きりになった。

「男がイヤなら私がいい女を見つけてあげるわ」
「そんなの嬉しくない」
「んー、じゃあこうする? あれをちゃんと出来たら、ご褒美にいいものあげる。とってもステキなもの」
「だめ、やだ。だってセックスなんて。代わりにならないよ」

艶かしい香りのするマリアの首筋に鼻先をうずめる。そこにわずかに混じる獣の気配は、きっと私と同じもの。
人狼の私たちはヒトよりもっと気高い獣に近い生き物だけど、心はすこし……ヒトに似ているんだと思う。
好きとか嫌いとか好いとか悪いの単純な対比じゃ割り切れないものを、たくさん胸に飼っている。

それにセックスを喜べないのには他にも理由がある。
マリアは友達のジャネットとしてるから。それも多分頻繁に。私だけの特別じゃないなんて、そんなの全然嬉しくない。
私の胸はふつふつと沸騰する嫉妬心で焼けるように痛み、この想いをぶつけてやろうとマリアの褐色の手をきつく握る。
だけどいつだって、この人は私よりも上手だ。私が不満を口にする前に、「しーっ」の一言と視線だけで何も言えなくしてしまったのだから。
握っていたはずの手はいつのまにか絡めとられて逆に身動きを封じられ、色の薄い瞳が間近に迫る。

「ふーん。本当にいらないの?」
「う……だって……」

体がますます密着して大きな胸が押し当てられる。薄くて頼りなくてなめらかな皮膚。本来の私たちのそれとはまるで違う。
違うからこそ、こんなに欲しい。

「ノエルはすーぐ意地張っちゃう。それにヤキモチ焼きね」
「わかってるならそうさせるようなことばっか、しないでよ! いじわる」

私は気高い獣だもの。初めての変身を好きな人の血肉で飾りたいと願うのは、仕方のないことじゃない?

「初めては……特別なの」
「はいはい」

ハロウィンなんか、来なければいいのに。

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