エイリアン的少女

夕暮れ近づく寂れた公園で、彼ことクラシックはすっかり困り果てていた。

きっと気が緩んでいたのだ。数年ぶりに訪れた地球が期待したような気温ではなかったことと、朝からずっと探しているのにめぼしい獲物が一人も見つからない苛立ちのせいで。
だがそれにしたって、敵に光学迷彩を見破られるという初歩的な失態を犯すとは。
そのうえ相手は——

「おっきな幽霊さん!」

年端もいかぬ子供ではないか。
成人式を迎えたばかりの若造ならばいざ知らず、よもやこの自分がと思うとひどく気が滅入った。
ともすれば踏みつぶしてしまいそうなその小さな小さな生命体は、自分よりもっとずっと巨大で不気味な“透明の影”を前にしても臆する素振りすら見せない。
まるで新しい昆虫を見つけたときのような好奇心と歓喜がないまぜになった無垢な瞳を向けてくるものだから、クラシックはますます困惑して低く喉を鳴らすしかできずにいる。

——どうしたものか。

子供は好きでも嫌いでもないが扱い方がよくわからない。ましてや異星人の子供となれば尚更だ。
どれくらいのあいだ黙って見つめ合っていただろう、やがて口を開いたのは小さな生命体の方だった。

「なんで透明なの? 幽霊だから? どうして死んじゃったの? 悪い幽霊?」

矢継ぎ早に浴びせかけられる言葉の意味は半分も理解できなかった。
ただ目の前の子供が自分の存在に関して大きな勘違いを抱いているらしいことはおぼろげながらも感じられた。
彼はしばし考え、やがて“自分が姿を現したとき、この生き物は一体どんな反応を示すのか”というささやかな好奇心に負けて左腕のガントレットを操作した。
いくらもしないうちに光学迷彩が解け、彼の姿が露わになる。

ところが、相手の反応は彼の期待にはまるでそぐわないものだった。
まさかこともあろうに「わあ、宇宙人だったの!」と喜ばれてしまうとは。
拍子抜けもいいところだと不満も露わに喉を鳴らしてみせたが、もはやそれも少女の歓声を誘う要素にしかならない。

「おじさん、ねぇってば」

ああ、とうとう頭痛がしてきた。誰か助けてほしい。
しかし当然のことながら、町の中心地を外れた公園には頼りになる仲間の姿もなければ、そもそも人間の気配すらない。
仕方なしにしゃがんで視線をあわせてやると、少女はきゃっきゃと笑う。

「おじさんおっきいね! んっとね、お名前おしえてくださいっ」

わたしはニーナです、少女はそう言ってぴょこんと頭を下げた。
相手が名乗ったからにはこちらも応じねばなるまい。彼も名前を明かしたが、彼らの言語は複雑で、地球人にはとても発声できるものではなかった。
首を傾げる少女にゆっくりと復唱してみせたが結果は変わらず、ニーナは「むずかしくてわかんない」と細い眉を寄せる。
心なしか沈んだ声。気まずい空気を敏感に感じ取ったクラシックは、マスクに記録してあるいくつかの音声ファイルの中から一つを選び出すと再生した。

「《キャンディ、タベル?》」

それは少し前にクラシックの知人が地球で収集してきた言葉だった。
使いどころは当人にも不明のようだが、子供から教わった言葉らしいから子供に使うのが正しいように思われたのだ。
だが目の前のきょとんとした表情を見るかぎり、このような場には相応しくなかったらしい。

「んーん、あのね、それより抱っこして、抱っこ!」

無邪気な声でせがまれ仕方なく小さな体を肩に抱き上げる。
我ながら馬鹿げたことをしているなと呆れるが、無視して立ち去ることもできそうにない。

「ねえ、おじさんおじさん」

相変わらず無邪気なニーナの好奇心が尽きることはないらしく、新鮮な高さから望む景色に見とれていたのはほんの数秒で、彼女は再び“宇宙人”への尋問を開始した。

「キャンディ好きなの?」
「《キャンディ……》」

そもそもキャンディというものが何なのか知らないのだが、不慣れな地球の言語でそれを説明するには骨が折れそうだ。
そのとき、どこかの時計台が高らかな音色を響かせた。気がつけばすでに周囲は深い茜色に包まれている。

「あ……もう帰らなきゃ」
「帰ル……」

どうもこの子供は一人にしておくと危険な気がしてならない。
クラシックは肩の上の少女をしっかりと抱え直すと、できるだけ易しい言葉を並べて訊ねた。

「ニーナ、……オマエ、イエ、ハ、ドコダ?」
「家? んっとね、あっち!」
「了解、シタ」

落ちるなよと口の中で呟き、彼は深みを増しつつある夕映えの中を駆け出した。
他人に見つからずにこの小さな友人を送り届けるのは狩り以上の大仕事になりそうな予感がした。

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