フェイク

長年とある会社で宇宙船の設計と製造に携わっていた私が宇宙海兵隊お抱えのメカニック担当になったのは、一年ほど前のこと。
その頃から私の職場はとある小部隊のささかな規模の基地になった。
任された業務の内容は様々で、朝から晩までパソコンの前に座っている日もあれば、船の調整で油まみれになったり、あるいはパワーローダーのメンテナンスや、ときには銃器をいじることもある。
仕事は多いが好きで始めたことだから苦にはならないし、専用の個室があるのも有り難い。
その部屋のベルが突如として鳴り響いたのは、午後二時を過ぎた頃だった。

「はい」

インターホン越しに応じると、カリカリという雑音に続いて切羽詰まったような声が聞こえた。
すぐに第二医務室まで来るように、声はそう命じた。

「了解しました」

すぐさま部屋を飛び出して、靴跡で汚れた廊下を走る。
下っ端の下っ端である私に緊急の呼出しがかかることなど滅多にない。それだけに嫌な予感を禁じ得ず、私は知らず知らずのうちに息を弾ませていた。


肝をつぶすとはきっとこういう事だ。現実というやつはいつでも嫌な予感の遥か上をいく。
部屋の真ん中に置かれた大きな処置台、そこに横たえられたビショップの姿は、心構えをしていたはずの私をすくませるのに十分な威力を持っていた。
機能をシャットダウンされてぴくりとも動かないその身体は右の肩から下が大きく破損していた。ぱっくり開いた人工皮膚から覗くコードが痛々しい。
人間じゃなくてよかった、なんて笑えもしない。ヒューマノイドにも痛覚はあるのだから。

「もうっ……なんで!?」

私の声は我ながらヒステリックな響きを帯びていた。でも多分、相手がビショップでなければきっとここまで取り乱していない。
転勤してきたばかりで心細くてならなかった時期、絶えず私を気にかけてくれ、励まし続けてくれた……そんなビショップでなければ。

「何やらせたの!」

運んできた隊員二人にも、さすがにばつの悪い顔をするくらいの常識はあるらしい。
屋外訓練で、と言葉少なに答える彼らも軽傷ではあるが怪我を負っているところを見るに、きっとなにか思いがけぬトラブルにでも見舞われたのだろう。
それを思うと厳しく責められない部分もあるが(どうせ上官からさんざんどやされる)、しかしビショップが医療担当であることだけは忘れないでもらいたい。

「……わかった。なんとかします。だけど、治るまで一週間はみといてください」


さすが軍事用に採用されるだけあって、ビショップの身体は頑丈だった。
こんな状態にもかかわらず重要なチップやコードには傷ひとつ付いておらず、ちぎれかけた右腕の触覚センサーを全交換して配線を繋ぎ直し、人口皮膚の破れをレーザーで焼き閉じるだけで事足りた。
とはいえ、全体で四時間にもわたる大作業には違いなかったが。
最後にできばえをざっとチェックしてからテスト用の接続ケーブルと燃料注入チューブを引き抜き、耳の後ろに隠された起動スイッチを入れる。
ビショップのまぶたが持ち上がる。瞳孔が開いて、また縮む。よし、起動速度問題なし。

「ビショップ?」
「ああ、カーラ」

ヒューマノイドの目覚めは人間よりも迅速で、ビショップは次の瞬間には起き上がって普段通りの様子に戻っていた。

「違和感ある? 痛いところは?」
「いや、ないよ」
「右腕伸ばして。曲げて。じゃあ私の手を握ってみて」

言われた通りにビショップが私の手を取る。が、控えめすぎるその行為は握ると言うより重ねると表した方が適切だろう。

「もっと力入れていいよ。どう? 感覚がないとか鈍いとか、変なとこない?」

ビショップは自分の手をまじまじと見ながら答えた。

「完璧に元通りだ」
「そっか、よかった。治すのに一週間かかるって言っといたから。無茶させられたんだから少しくらいずる休みしてもいいでしょ。ゆっくりしてて」

などと言ったところで、彼は明日にでもすぐ仕事を再開するだろうとわかっていたけど。
こんな目に遭ったのに怒りの片鱗すら抱いていないビショップは、無意味に自分の任務を放棄したりはしない。
それが彼という存在だから。
服を着て処置台から降りたビショップは、後片付けを手伝おうと提案してくれた。
正直疲れてて、明日に持ち越そうかなんて思ってたところだったのでありがたい。彼はいつもこうだ。誰よりも聡く私の気持ちに気づいて手を差し伸べてくれる。
彼が道具類を棚に戻したり箱に入れたりてきぱきと動く傍ら、私は液体燃料で白く汚れた床を拭いた。
立ち上がって、脇のテーブルによけてあった半透明のコードと金属部品に気づいてつまみ上げる。
数時間前まではビショップの身体の一部であったもの。それを見ながら心で問いかけた。

『傷つくのはつらい? 死ぬのは怖い?』

いや、心だけじゃなくて、声にも出していたらしい。
我に返った私はなんてバカなことをと後悔したが、ビショップの素早くよどみない答えを聞いてからはもっと——痛みすら感じるほど悔いた。

「つらいし、怖いよ」

なんでこんな事を訊いてしまったんだろう。だってそんなのずっと前から知ってたのに。
初めから、わかってたのに。
ビショップは考える。電子回路の中に正しい答えを探すのとは違って。
ビショップは感じる。電子回路の中に正しい反射を探すのとは違って。
あたかも人間がそうするように。
なのに人間はヒューマノイドと自分たちの間に高い壁を築きたがる。たとえばこう考える——人間は『死ぬ』、だけどビショップは『壊れる』と。
ゼロとイチだけでは説明出来ない何かが彼らの中には確かに存在するにも関わらず、人間は決してそれを認めようとはしない。
人間と機械が同じ神秘を共有するのがそんなに許せないなら、どうして人間はヒューマノイドを限りなく人間に近しく造ったんだろう。

気がついたときには、ビショップの手をぎゅっと握っていた。
柄にもないことをしている恥ずかしさが遅れてやってきたけど、それでも手を離す気にはなれず、かといってこの先どうすればいいのかも分からなくてただ彼の手のひらの温もりを感じていた。

「さっきわかった。ビショップは特別だって。私にとってのかけがえのない特別だって」
「そうかい。ありがとう、嬉しいよ」

いつもと同じ淡々とした口調、だけどその中に確かにある感情の灯火を、私はしっかりと感じていた。
不器用に笑みを象るその顔も、少し戸惑ったように視線を伏せるそのしぐさも、彼だけの物だ。それはプログラムなんかに侵せはしない。
この人は確かに生きている。
たとえこの体温がフェイクだとしても。
私は彼を信じている。

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