for you!

トリックオアトリート!……の季節はとっくに終わったけど、私は今日とあるいたずらを仕掛けるべく、ハリー・ウォーデンの隠れ家へと赴いた。
まず、動機ね。これは簡単、バレンタインデーに彼がチョコレートをくれなかったから。許しがたいよね。
それから作戦。寝食を惜しんで考えに考えて考え抜いた素晴らしい嫌がらせ……もといいたずらとは!

「よし、上出来」

床にゴスフェのマスクを並べてやることだった。
それもびっしり。隙間なく。足の踏み場も無いレベルのゴーストフェイス祭り。
その数——いや、やっぱり気持ち悪いので数えたくないです。並べた本人でも顔を背けたくなるくらいの出来栄え、これはハリーの反応が楽しみです。
では主役の帰宅を待ちましょう。


午後五時、外から足音が聞こえて、私は携帯をいじっていた手を止めた。
芽吹きはじめた若草を踏み締めるその足音は間違いなくハリー・ウォーデンのものだ。
わくわくしながら息を詰める私の目の前でドアノブがゆっくりと回転する。それからやはり緩慢なスピードでドアが開き始めた。
隙間からおなじみのガスマスクが現れ、そして——その瞬間、不意に完全な静寂が辺りを包み込んだ。
数秒の後、ドアがそっと閉じる。
かと思えば目にも留まらぬ早さでまた開いた。
うん、あのねハリー、どんなに素早くドアを開け閉めしても現実は変わらないのよ。大丈夫、異次元に繋がっちゃったとかじゃないから。

『お前来年のバレンタインに絶対殺す』

部屋の隅で涙を流して大笑いする私に気がついた彼は、一体どこから取り出したのかもわからぬホワイトボードにそう書き綴った。

『これ全部買ってきたんか。お前アホやろ』

筆記によるお説教をたっぷり十分も続けたあと、ハリーは急にため息とも嘲笑ともつかぬ音を漏らして言った。
正座させられた私とその真ん前にあぐらをかいて座るハリーの周囲には、まだ無数のゴーストフェイスがはびこっている。
最初はあまりに芸術的で几帳面な並びを壊したくないのだと思ってたけど、気持ち悪いから触りたくないだけだな、多分。

「ううん、ゴスフェの家から拝借してきたの。ストック全部。あいつ今日は仕事できないぜきっと」
『ゴスフェ可哀想!』
「大丈夫、ちゃんと《借りていきます。ハリー・ウォーデン》って書き置き残してきたから」
『むしろ俺の方が可哀想やった!』
「ちゃんと返してきてね」
『なんでやねん』

ボードの角(角ってアンタ……)でガツンと私の頭を叩いて、ハリーは再び説教モードに戻った。

『で、なんか言うことは?』
「むしゃくしゃしてやった。反省も後悔もしていない」
『OK、説教最初からやり直し』
「えーヤダ。わかった……ごめんなさい。もうしません。だから次はジャパニーズホラー的に毛髪びっしりにしておくね」
『マジでやめろ。というかお前はジャパニーズホラーを勘違いしとる、確実に』

そうかなあ。じゃあ部屋中血の海……はちょっと違うから部屋中水浸しにしてみようか。そんな考えを読み取ったのかどうかは知らないがハリーがまた殴り掛かってきて、あやうく二撃目を喰らうところだった。
ハリーが深々とため息をつく。ホースの中で増幅されたそれはため息と呼ぶにはあまりに重たい。

「なぁに?」

訊いても答えはない。ただペンを握る指が迷うようにボードに近づいては離れ、なにか書きかけてはやめるのを繰り返す。この人がこんな風に口ごもるのは非常に珍しいことだった。
正座でしびれた脚を伸ばそうとしたとき、ふいにホワイトボードがこちらに突き出された。
鼻すれすれの位置に浮遊するそれは近すぎて文字が読めない。だけど押し返して十分な距離をとったところで、やっぱり書いてある意味はわからなかった。

『探してたのに』

探してた?

「……って、なにを?」

黒手袋の指が私を指し示して、ますます頭の中がごちゃごちゃになる。真面目くさって見つめ合う無言の私たちははたから見ればとんでもなく異様だろう(周りにゴスフェ散らばってるしな)。

「あ、わかった私をってこと? ふーん、なんで?」
『このアホが』
「なんだと」
『だから、これ渡すためやアホ』

殴り書きの字を読み終わる前に投げつけられたハート型の箱には、こんなメッセージカードが添えられていた。
——Happy White day , and I LOVE YOU

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