29Q

その日は例年になく寒い日だった。
テレビの天気予報は嘘のような数字をたたき出し、道行く人々は揃って肩と首をすくめて足早に通り過ぎ、今にも雪がちらつきそうな曇天はいっそ厳粛にさえ感じられる。
無慈悲に吹きつける冷風から一刻も早く逃れようと急いで玄関の扉をくぐりながら、ダークマンは「この分じゃニーナは冬眠でもしてるかもしれないな」となかば本気で考えた。
温暖な地方出身の彼女は人一倍寒さに弱いから。
ところが、予想に反して彼女は目を開けていた。黒いまつげに縁取られた猫目はけだるそうではあるが、今もなんとか機能を果たしている。そのニーナが控えめに微笑んだ。

「おかえり」
「ただいま」

ダークマンも包帯の下で笑みを返す。いつもの相手といつも通りの挨拶を交わすいつもの部屋の中、しかしひとつだけ見慣れないものがあることに彼は気づいた。
でんと置かれた真四角の机。それもただの机ではなく、布団のようなものがセットになっている。

「それは?」
「こたつです」

小柄な女は誇らしげに頷きながら答えた。

「コ、タツ?」
「日本の暖房機器」

科学者としての興味をそそられたダークマンはその見慣れない機器をしげしげと観察した。綿入りの布団をめくりあげると、なるほど中は暖かい。

「ふむ、これは面白い作りだ」
「寒いですよー」
『にゃー』

人間と猫から同時の抗議を受けて急いで布団を戻した。

「あ、すまない。入っても?」
「どうぞ。靴は脱いでね」
「わかった」

中で伸びきっている飼い猫を蹴り飛ばさないようにそろそろと足を差し入れる。
すると、まるで彼の長い脚に押し出されでもしたかのように、ニーナがするりと立ち上がった。
「ココア飲みます? 飲みますよね」とにっこり微笑みながら。

二つのカップを手に戻ってきたニーナは、今まで座っていた場所ではなく机の角を挟んでダークマンと隣合う位置に腰を下ろした。
マグカップの一つを相手の方へ押しやると、自分のカップからココアを一口すすってから何気なく尋ねる。

「外寒かったですか?」
「うん。ほら」

ダークマンは軽く頷いて、ニーナの子供みたいに小さな手を握った。
きゃあ、と悲鳴混じりの笑い声が上がる。肉体労働者でも科学者でもないニーナの手は柔らかくてなめらかだった。まるで、そう、猫のように。

「ぷにぷに禁止。私に肉球はないですよー」
「いつの間に読心術なんて身につけたんだい」
「ずーっと前」
「じゃあ僕が今考えてることは?」

ニーナは猫そっくりのいたずらっぽい表情で笑い、ずばり正解を引き当ててみせた。

「ココアが熱くて飲めないから退屈」

ごろりとその場に寝転びながら、またくすくす笑う。その瞳に睡魔の色がちらついた。

「風邪を引くよ」
「だいじょうぶ、ちょっと横になるだけ……」

だが言い終わる頃にはニーナはすでに目を閉じていた。
仕方ない。言い出したら聞かない子だ。ダークマンは早々に敗北を受け入れ、せめて肩まで布団を引き上げてやろうと手を伸ばした。
ところがどうだろう、布団がひとりでにもぞもぞ動いて彼の邪魔をするではないか。
犯人は猫だった。中から出てきた灰色の猫は、もう暑くてたまらないとでも言うようにその場にコテンと転がった。
頭の向きも腕の角度も面白いほどニーナと一致している。寝顔までもが同じに見えた。
ふいにダークマンの脳裏に無邪気な好奇心が舞い降りる。そっと手を伸ばして、黒っぽい肉球を押してみた。まるでそれがスイッチかなにかであったかのように、猫が「ぐぅ」と唸る。
もう一度押す。完璧に研がれた爪がにゅっと顔を出し、猫はまたしても迷惑そうに唸った。
ならばと白い掌に手を伸ばす——

「引っかきますよ」
「……ごめん」

こっちの猫は怖いな、ダークマンは口の中でつぶやき、ごろりと横になって、“ボス猫”の機嫌をとるべくよしよしと頭を撫でた。

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