光を知らないこどもたち

「わたし、女王さまに会ってみたい」

どうしてそんな話になったのかはもはや本人も覚えていないが、ともかくビッグチャップは傍らのチェットに向かってそう言った。
優れた個体の証である透明フードの奥で、空っぽの眼窩が焦がれるように遠くを見つめている。
だが同じく透明のフードを持つチェットはそれには同調しなかった。彼女は小馬鹿にしたように喉を鳴らした。

「あたしはあんなの、いらない。あたしには必要ないもん」

少々特異な生い立ちのチェットは他のゼノモーフとはあらゆる面で一線を画す。
特に繁殖に関しては独自のやり方を確立しているから、そういう意味では確かにクイーンは“必要ない”のだろう。

かく言うビッグチャップも女王を知らずに生まれてきた身だし、未だかつてかの人の姿を拝んだこともない。
更に彼女は、女王の手を借りることなく、獲物をエッグに変えることで次の命を繋ぐことだって出来る。
しかし女王を敬い護るという気持ちは本能として深く根付いている。だから彼女はむっとして言い返した。

「そんな言い方、よくないと思う」

するとチェットは急にかっとなって、荒っぽく立ち上がった。

「うるさい! あたしにとってはあたしが女王よ!」

地面に打ち付ける尻尾の激しい動きが彼女の怒りを物語り、それはビッグチャップを少なからず戸惑わせた。

「どうしてそんなにむきになるの? なんで怒ってるの?」
「あたしはあたしがいればいい! 他の誰もいらない、あたししか信じない」

ビッグチャップは急に目の前の仲間が“かわいそう”になった。自分以外は誰一人も信じられないというのは、とてもとてもさみしいことなのではないかと気づいたのだ。

ビッグチャップはよく、さみしい気持ちを持て余してしまう。
そんなとき彼女は人間の胎児のように体を丸めて、今この場に女王様がいたら優しい声で語りかけてくれるに違いない、あるいは尻尾の先で背中をそっと撫でてくれるに違いないと夢想しながら、どうにかその空虚な時間をやり過ごす。
ではチェットはどうだろうか。この孤高の姫君も同じように体を丸めて、「誰かが側にいてくれたら」などと願う朝があるのだろうか。
もしかしたら、願っても願っても叶わないからついに祈りを捨ててしまったのかもしれない。だとしたらどんなに悔しかっただろう。

ほんのかすかな音がした。コロコロという優しい音色。ビッグチャップは最初、それが自分の発している音だとは気づかなかった。
自分が喉を鳴らしている訳も、こんなにくすぐったい気持ちになる理由も知らない、だけど嫌な気持ちじゃない。

「わたしはきみが好きだよ」
「あたしはあんたなんて嫌い」
「じゃあ、わたしも嫌い」

一瞬、チェットの毒気が失意の色に変わるのを、ビッグチャップは“視”た。そこで慌てて「嘘だよ」と言ってみたのだが、返ってきたのはきつい一撃だけだった。
打たれた脇腹がじんと痛む。けれども悲しみは感じなかった。チェットに対する敵意も。

「好きだよ」
「うるさいな、黙って」
「うん、でも好きだよ」

こらえきれないようにぶんぶん尻尾を振り回しながら、ビッグチャップは考えた。
今日はチェットと一緒に眠りたいな、と……

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