家族以上、恋人未満

「なあ、お前らってさ、デキてんの?」
「ない」
「ない」

——鳥と虫と焚き火の音に満たされた午後。
緑豊かな森林においてはあまりに目立つオレンジ色のジャンプスーツに身を包んだ囚人、スタンズがだしぬけにそんなことを言いはじめて、それにマリとハンゾーの声が続いた。
丸太の椅子に腰かけたスタンズは間隔の狭い目で二人を見返した。その表情に驚きが浮かんでいるのは二人の否定があまりに早かったからなのか、それとも声と声が見事なハーモニーを奏でたからなのか。

「へえ、そうだったんだ? 意外」

イザベルが横から口を挟む。
他人の恋愛沙汰に興味のない彼女も、さすがにこの話題には食いつかざるを得なかったようだ。
と、言うのも、件の二人は今日の今日まで『公認カップル』の扱いだったからである。
大抵いつも一緒にいるか、そうでなくても呼べば届く距離にいる二人がそのような扱いになるのはごく自然なことだった。離れるのは夜寝るときくらい……と思いきや、以前にはお互いに寄りかかってぐっすり眠る一幕まで目撃されている。
さらにイザベルに言わせれば、「彼はマリといるときだけ表情が柔らかい」

「俺にはその辺のことはわからないが」

と、イザベルよりは人の機微に疎いニコライがロシア人らしい骨太の体を乗り出して言う。

「まあ確かに意外だったな」
「いやー、こっちにしてみればそんな風に思われてたのが意外だよ。ねぇ?」

マリが隣に座るハンゾーを仰ぎ見ると、グレーのスーツを着込んだ無口な日本人は一度だけ頷くことでそれに答えた。
それを見て「ふん」と嘲るように鼻を鳴らしたのはスタンズだった。
全員の視線が注がれる中、痩身の囚人は脚を組み直し、靴底についた枯れ葉を指でピンとはじいて落とすとその指でマリとハンゾーのちょうど中間を指し示した。

「つーかさ、じゃあそれは何なんだよ?」

またしても全員の視線が一斉に動く。がっちりと組み合っている、大きさの違う二つの手へと。

「あー……、癖?」
「なんのだよ!」
「いや、私しょっちゅう迷子になるから。っていうか、なるじゃない? あれ、昔からなんだよね。だから子供の時からハンゾーによく手繋いでもらってたの、その名残り?」

指摘されてはじめて気づいたとでも言うように、マリは手をほどいた。磁石でもついてるのかな、とつぶやいて、自分の手のひらをじっと見る。

「そんなので否定されても説得力に欠けるよな」

ニコライが珍しくも茶化すような一言を投げる。いかにも微笑ましい光景を見るかのように、青い瞳を細めてマリを見る彼はすっかり父親の気分になっているらしい。
すると、今までにこにこしながら事の成り行きを見守っていた医師のエドウィンがはじめて口を開いた。

「二人は相性いいと思うよ、いっそ本当に付き合ってみれば?」
「えー……」

眉根を寄せてハンゾーを見上げるマリ。
視線を戻し、スタンズの下卑たニヤニヤ笑いと目が合うと、彼女の眉間の皺はいっそう深くなった。
そのまま相手が何か言いかけるのを手のひらを前に突き出すことで遮り、ぴしゃりとやり返す。

「言っとくけど私、銃も扱えるんだからね、忘れないで」
「そんな必要ない」

手入れを終えたばかりのスナイパーライフルを膝に乗せたイザベルが囚人を睨んだ。

「私がいつでも」
「ま、まあまあ、それは後にしてさ」

不穏な空気になりかけたところでエドウィンが再び話の舵を取る。

「だってそんなに仲良いのに」

眼鏡の奥の目を気弱そうに細めながら、彼は二人の男女を見比べた。せっかくなのにもったいない、とでも言うように。
マリとハンゾーもつられたように顔を見合わせて、だがハンゾーの方はすぐに視線をそらしてしまった。正直なところ彼はそろそろこの状況にいたたまれなさを感じ始めていた。
もともと注目を浴びるのは好きではないし、こんなふうにあらためてマリに見つめられるのも居心地が悪い。
マリはしばし黙って相手の顔に視線を注いでいたが、やがて「やっぱないわ」と苦笑を浮かべることでこの話題を打ち切った。

「だってハンゾーは私のお母さんだもん。付き合うとかそんな感じじゃない、どー考えても」
「そこはせめて父親じゃない?」

イザベルが怪訝に応じる。

「いやいや。だってこの人、私より料理上手いし洗濯物畳むの超早いしアイロンがけも完璧なんだよ? これはもうお母さんだよ!」

これに何人かが噴き出して、ハンゾーはますます決まり悪そうに眉根を寄せた。
だが残念ながら彼の困惑がマリに通じる様子もなく、それどころか次いで最大級の爆弾を投下してくれた。

「あとねー、休みになるとよくお菓子作ってくれて——」

もう勘弁してくれとばかりに慌ててマリの口を塞いだものの、笑いの渦は簡単には静まりそうになく、二人はめでたく公認カップルから公認親子になったのだった。

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