遠く離れた、未だ見知らぬ、だが愛おしい、

その瞬間、彼女に出来ることはたったの一つしかなかった。
つまりは無重力に身を任せること。
女王たる自分がこの先どうなるとも知れず宇宙を漂うに任せるしかないとは屈辱的ではあったが、もはや抗うすべはない。

この空間でめまぐるしく動いているのは彼女の思考だけ。
いま、クイーンは死んだ子供たちに思いを寄せていた。愛と誇りを込めたその弔いの言葉に応える者はもうなかったけれど。
物思いは短く、彼女はすぐに悔やむのをやめた。
あの小賢しい獲物共に腹が立たないと言えば嘘になる。現状を悲嘆していないと言っても嘘になる。
それでも彼女は宇宙を統べる絶対的な権力であり、強き母でもあるのだ。真に気高いものが首をうなだれてばかりもいられない。

クイーンは後ろを振り向いた。もはや完全に前後左右の感覚を失くしていたので、本当にそれが“後ろ”かどうかはわからないのだが。
何も無い。何も聞こえない。
闇の冷たさは彼女の残り少ない体力を容赦なく削り取り、倦怠感が押し寄せた。

「眠りなさい」

子供たちに言い聞かせるように、自分に言い聞かせる。今は眠る時なのだから。眠って次の機会を待てばいい。
孤独を漂い続ける女王の怒りはいつの間にか蒸発していて、今は不思議と満ち足りた気持ちだった。
うつらうつらとしかけた時、ふっと脳裏をかすめたものがあり、再び女王の意識は冴えた——それは知らないはずの“我が子”の姿。
優れた子の証である透明フードも誇らしげに、自らの手で造った巣のできばえを見上げているその子。
華奢な尻尾を上下に振り立てて怒っている姿、かと思えば楽しげに身を揺すっている姿も視える。

これは幻なのか、遠い過去の夢なのか、それとも未来からこぼれ落ちたひとかけらなのか。

判然としないまま、クイーンの頭の中に映像が次々流れ込んでくる。
狭い通路をこそこそと這い進み、埃にまみれた両手を不思議そうに小首を傾げて観察する姿や、頭に落ちた水滴を払い落とすしぐさ。
暗がりからそっと獲物を観察する、その緊張感あふれる体勢。使命感より好奇心が表立ったしぐさの数々は彼女の幼さを裏付けていた。

次第にクイーンには彼女がすぐそばにいるように感じられてきた。
ちょっと手を伸ばせば頭を撫でてやれる位置にその子がいるような気がする。そして闇の中、幼い彼女は語りかけてくるのだ。

「女王さま、なんだかちょっと疲れちゃった」
「お前はよく頑張ったから」
「わたし、すごく眠いの」
「そう。ならばもうお休み」

透明フードのその子がうなずく。子猫みたいに細い尻尾を両足の間に挟み込み、頭を下げてボールのように丸くなると満足げにキューキューと鳴きはじめた。
なおも話しかけてくる声は不明瞭で、なかば寝言のようだ。

「あのね、わたしね、一度でいいから……女王さまに……お会いしてみたいと思ってた」
「私もお前に会えて嬉しいよ」

幼い彼女はクルクルと喉を鳴らした。

「もうひとりぼっちじゃないよね、わたし」

クイーンもまた穏やかに喉を鳴らし返した。

「安心なさい、ここにいるから」
「うん……おやすみなさい、女王さま」
「お休み、私の子」

——おやすみ、次に目覚めるその日まで。

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