一時休戦、間もなく開戦

ローズが思うに、自分自身の中にある“寂しがりやのローズ”を形成したのは他ならぬ両親であった。
サラリーマンの父と洋服デザイナーの母は、彼女が幼い頃に離婚した。ローズは母親に引き取られ、遠方に引っ越した父とはそれほど頻繁には会えなくなった。
かと言って、それからの生活が安っぽい連続ドラマに変貌したわけではない。母親は酒や男に依存することない自立した精神を備え、母子二人が暮らしていくのに不自由しない程度の給料を稼ぐ女だったから、ローズは安全な傘と毛布の中で育った。
だがそれでも、一人っ子のローズが寂しい思いをすることが多かったのは否めない。彼女はいつの間にかどうしようもなく他人を、話し相手を、求めるようになっていた。

初めての彼氏ができたのは小学四年生の頃。同じクラスの隣の席の男子で、彼とはままごとのような恋愛ごっこの末にクラス替えと同時に自然消滅した。
初めてのキスの相手は、進級してすぐに出来た新しい彼氏だ。それから中学生になり高校生になり、大学に入っても厄介な性格は直らず、結局、20歳の今に至るまでローズは他人に寄り添うことで生きてきた。

一人暮らしの家目指して歩き慣れた道をたどるローズの脳はそこで過去の回想から戻り、現在へと思いを巡らせた。
一人暮らし、だけど一人じゃない我が家に待つはずのひとを思う。彼女は今も誰かに寄り添わずには生きていけない。
——けどまさか人じゃないものにまでとはね。これって相当重症かも?

「うーわっ。なにこれ暑すぎー!」

リビングに入ったローズを一番に出迎えてくれたもの、それは異常な室温だった。
それもそのはず、見回せば部屋の窓は一つ残らず閉め切られ、人工の蒸し風呂が出来上がっている。
この地獄を作り出した張本人はといえば、部屋で一番暑い場所に安楽椅子を持ち込んで首を垂れていた。ローズの存在に気づいているのかいないのか、その後ろ姿は石のように動かない。
当初はからかい半分に名付け、今は本人も受け入れている名前を口にする——

「シャーマン?」

すると無防備な背中が身じろいで、ドレッドヘアの頭が振り返った。今日はマスクを着けていない。それがローズにはたまらなく嬉しかった。

「ただいま。寝てた?」

青白い顔がふいと前を向く。沈黙は肯定を意味する。

「寝ててもいいよ」

今度は横に首を振った。

「ごめんちょっと……窓開けるね? 私がやばい」

寒がりの異星人のために、クーラーのリモコンは見なかったことにした。だがせめて扇風機をつけるのはお許し願おう。

「もう、びっくりするじゃない」

ローズは声では憤っている風を装いつつ、実のところはそれほどじゃなかった。
自分と彼は頭から爪先までまるで違う生き物なのだし、適正気温が違うくらいは当たり前なのだから。
手近のファッション誌をうちわ代わりにあおぎつつ安楽椅子の背中に近づいていく。シャーマンは答えない。それどころか肘掛けに乗せた指の一本すら動かさない。
ローズの心の中に、ふつふつと不満の泡がたちはじめた。

「……あっ、言い忘れるとこだった。ただいまぁ」

今度は相手の視界をふさぐようにして顔を覗き込んでみる。もちろん声も角度も表情も、どれを取っても完璧に計算されつくされている。
が、今までの経験から導き出した完璧完全なはずの計算もどうやら異星人には通用しないらしいと思い知らされただけに終わってしまい、ローズはますます頬を膨らませた。
この不思議な同居生活が始まって早4ヶ月、なのに一向に前に進まない関係に彼女はやきもきしはじめていた。
焦るのはこの暑さのせいもあるかもしれない。

「……もぉっ!」

こうなったら行動あるのみだ。ローズはなにかに突き動かされるように、シャーマンの膝の上にぽすんと乗っかった。ごつごつした皮膚にストッキングがひっかかる感触がした。
異形の男はローズを振り落とそうとはしなかったが、かといって特別驚いてもいなければ楽しんでいる風でもない。表情に乏しい黄色い瞳はローズを映してはいるが“見て”はいない。
そしてそのことが、ますますローズを焦らせるのだ。

「まだるっこしいから既成事実でも作ってやろっかなーとか」
「……寄生?」
「なにそれこわい」

などとくだらないやりとりをしている間にもシャーマンは冷静にローズを抱き上げて、これまた冷静に膝から下ろした。
腰を掴まれたことに一瞬どきりとしたローズだが、いやいや冷静に考えてみればこれは明確な拒否だ。相手を見つめ返しながら、彼女は完全に言葉を失った。
なにせこんな風に男に拒まれるのは人生において初めてだったし、そもそも拒まれる理由が思い当たらない。
困惑をありありと浮かべた二人の間にぎこちない沈黙が落ちた。

「イヤなの?」

シャーマンはローズに無言の視線を注いだあと、視線を少しだけずらした。何が“嫌”なのかもわからないと言う風に。

「……わかった。お手上げ。わたしの敗けでいい……とりあえずはね!」

ふうっと大げさにため息をつく。やっぱり異星人との恋愛ともなれば今まで通りにはいかない、根本からなにもかもが変わってしまうらしいと、彼女はやっと理解し始めていた。
今に比べたらこれまでの恋愛なんて流れ作業みたいなものだった。
抱きしめて、キスをして、セックスをして、またキスをして……
そんなのはなにも考えなくても出来た。今みたいに胸を痛めたり、悩んだり、うろたえたりするようなことはほとんどなかった。

「でもわたしのことは好きだよね?」

すると返ってきたのは戸惑いがちな小さな顫動音だった。質問の意味がさっぱり飲み込めないとでも言いたげだ。

「えっ、そっから!? そっからなの!?」

これにはさすがのローズもショックを隠しきれず、床に膝を打ち付ける。
一緒に暮らしているのだから当然そういった感情を持ってくれているのだとばかり思っていたのに、甘かったらしい。
まさかスタートラインにも立っていなかったなんて……少なからずの衝撃に、ローズはとうとう頭を抱えてしまった。

「えー、なにそれ超想定外ー……」

うんうん唸りながらふと目をやれば、座ったままのシャーマンがじっとこちらを見ている。同情もなければ狼狽も焦燥もない、まったく無表情な目は機械のようだ。
だけどローズはそれを嫌だとか怖いとは少しも思わなかった。ただただその美しさに心臓が跳ねた。

「わかった」

つかの間二人の間に立ち込めた沈黙を打ち破ったのは、やはりローズの方だった。
すっくと立ち上がり、スカートの塵をはらう彼女はすっかりいつも通りの自信に満ちた顔に戻っていて、そればかりか楽しげにすら見える。
何かを決意したような、それでいてすでに勝利を手中に納めたような彼女の視線は輝かんばかりだ。

「いいよ! じゃあ絶対絶対好きにさせてやるから! 覚悟しとくように!」

びしっと人差し指を突きつけて、さみしがり屋は高らかに宣言した。

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