人知れずまた翳り

日曜日の曇り空ほど、気分が落ち込むものはない。窓辺は朝か夜かもわからないくらいよどんでいて、気温は低く、それでいて湿度は高い。一雨来そうな予感からか、外は人影もまばらで寂しいことこの上なかった。
せっかく今日は写真でも撮りに行こうと思ってたのに、天気予報の嘘つきめ……。
誰か呼ぼうにも友達は皆つかまらなくて、シャドーが遊びにきてくれたのは嬉しかったけど二人だけでできることってあんまりない。
そしたら、暇だ暇だと連呼する私を見かねてか、シャドーが宇宙船の案内を申し出てくれた。

「ほんとに? いいの?」

私の答えはもちろんイエス。今なら俺とロストとボア兄弟くらいしかいないから、その言葉も決め手になった。
あのクランは比較的フレンドリーというかいい加減というか自由というか……まあそんな感じのメンバーの集まりだけど、やっぱり中には私をよく思っていないヒトもいる。特に、人間嫌いのラム君にものすごく威嚇されたことは記憶に新しい。
だからあんまり不用意に周囲をうろつくのはお互いにとってよくないと考えてるんだけど、でもロストとはシャドーと同じくらい仲良くしてるし、ボアとストーカー君ともそこそこ話せるし。
と、言うわけで、私はさっそく上着を引っ付かんで外に飛び出した。


びっくり、そこは『宇宙船』と聞いて浮かぶイメージとはかけ離れていた。ぬるく湿り気を帯びた空気が充満する大ホールは、例えるなら聖堂が近い。
オレンジ色の照明が灯る天井はドーム型で、昆虫の翅のような透かし模様が一面に彫り込まれている。壁の一部も同じように光を透かしては不気味にちらつく。威圧感さえある静謐さと荘厳さは私の肩をちぢこまらせた。
そのうえ足元には謎のスモークが漂っているときたもんだ。熱くも冷たくもないが、床が見えないのはそれだけで不安だし、中から急に手が飛び出してきて足首を掴まれそう……なんて、昨夜観たホラー映画を引きずっている私には気が気じゃない。
シャドーの腕にすがり付きながら、私の歩みは知らず知らずのうちに慎重になっていた。文句も言わず歩調を合わせてくれるシャドーは優しい、だけどマスクに遮られててもわかるくらい愉快そうなのがちょっと悔しい。

「もっと機械とかモニターでごちゃごちゃしてるのかと思った」

私がそう言うとシャドーはしかつめらしく頷き、そういう内装の船もあるにはあるがエルダーが好まないのだと教えてくれた。
この船は能率より見た目を重視したタイプで、機能は最低限必要なものだけが搭載されているのだそうだ。

「ふーん。じゃあいろいろ不便なことなんかもあったり?」
「いや。俺も他の奴等も慣れてる。むしろたまにハイテク船に乗ったときの方が困る」

そのまま大広間を抜けると、立派な円柱に支えられた距離の短い通路に出た。その先は三叉路になっていて、真ん中の道からはひんやりとした空気と機械の駆動音のような低い唸りが漏れ聞こえてくる。左端の道は塗りつぶしたように暗い。

「どこに繋がってるの?」
「真ん中は船の中枢機能が集まってる。制御室やら操縦室やらのな。危ないぞ」
「ああ、なるほど。左は? 真っ暗だね?」
「聞かない方がいい」
「えっ!? なにそれ」
「いつか教えてやるから。今はこっちだ」

シャドーに腕を引かれて、私は右の通路に入った。
ここはいわゆる居住区らしい。長く続く壁の左右に部屋が等間隔に並んでいて、右側の手前から三つめの、ドアが開いた一部屋の前でシャドーは歩みを止めた。

「シャドーの部屋?」

中を指差しつつ尋ねればうなずきが返ってくる。シャドーは私の手を引いて入り口をくぐった。プレデターの体格に合わせて作られた入り口は大きく、部屋自体も広い。
信じられないことに壁は深紅で、これがシャドーの趣味にせよ船内で統一されたカラーリングにせよ癒しに欠ける色だと思った。
入って右手と正面の壁には数々のトロフィーが飾られている。恐竜みたいに大きいもの、小さいもの、細長いもの丸いもの、たくさんある。
それを数えていると急にシャドーが喉をゴロゴロ鳴らし始めたので、私は最初、独り言かと思った。だがどうやらマスクの内側で通信してるらしく、しばらくしてこちらに向き直ったシャドーは真剣な声をしていた。

「ここで待ってろ」

すぐに戻ると言い置いて彼は部屋を出ていき、赤い背中をさえぎるようにぴしゃりとドアが閉まった。

「……行っちゃった」

一人になると急にこの状況の異常さというか、非日常感を意識させられるなぁ……。部屋が真っ赤じゃなければもっとマシだったのかもしれないけど。
だけど頭蓋骨のコレクションは興味深い。特に、壁の上のほうに飾ってある巨大な頭。これがかつては生きて動いていたと言われても、私にはすんなり受け入れられそうにない。
だってあまりに大きな口の肉切り包丁みたいな歯は私の知ってるどんな生き物とも似ていないし、妙に角ばった輪郭からするとむしろ新型のギロチンと言われた方が納得がいく。
隣の別の頭蓋骨には眼球や鼻腔のくぼみは見当たらず、代わりに全面にびっしりとイボのような突起が生えていた。頭だけで私の体半分、いや、もっとある。
到底一人でどうこうできる大きさの相手とは思えないけど、でもシャドーの部屋にあるんだから彼の戦利品なんだろう。ああ見えて本気になったらかなり強いのかも?

戦利品が飾られていない方の壁際には横長の机が二台並べて置いてあって、ほとんど武器や防具の陳列台として使われているみたいだった。
机と同じく鏡面仕上げの椅子には地球の動物ではなさそうな毛皮が引っかけてある。まだ未加工だけど今度はマントか帽子でも作る気なのかもしれない。
部屋のこざっぱりとした感じを見るに、シャドーはここを寝るためだけに使ってるみたいだ。

じゃあきっと、この長方形の箱はベッドなんだろう。さっきからずっと気になっていた、部屋の真ん中にデンと置かれたその物体に私は近づいた。
四角い枠組みの中に樹のうろのようなくぼみが作られたデザインで、周りにいろいろなコードやスイッチがついている。
うろの中に手を入れてみるとじんわり温かくて気持ちいい。だけど表面はぼこぼこしていてやたら硬くて本当に樹の中みたいだ。
いつだったか私の部屋に遊びにきたシャドーが、ベッドが柔らかすぎると言っていた理由を今更ながらに理解できた気がする。

ところで、そろそろ帰ってきてもいい頃なんだけど。
だんだん心細くなってきた私は、部屋を出てシャドーを探しいくことにした。ところが……

「あれ、これって」

どうやって開けるの?
唯一の出入口であるドアに取っ手らしきものが見当たらないのである。どちらかと言えばシャッターに近いそれは完全なる平面をしている。
手で叩いたり押したりしてみたが、ドアはびくともしなかった。やばい、宇宙船に閉じ込められるとかちょっと笑えない。

「おーい、誰か……ねえ誰か!」

必死の呼び掛けのかいあって、何度目かにドアを叩いたとき、向こう側から返事が聞こえた。

「あれ? その声リタだよな? なんだよ、かくれんぼなら俺も誘ってくれたらいいのにさ」
「あ! ロスト?」

声による判別こそ難しいものの、この茶目っ気ある喋り方はロスト以外に考えられない。

「シャドーと一緒に来たんだけど……ドアが開かないの。ねぇこれって……どうやったら開くの?」

個室の鍵は当人しか開けられないようになってるから自分じゃお手上げだとロストは答えた。

「ごめんな。シャドー呼んできてやろっか」
「ありがとー、恩に着る!」


間もなく戻ってきてくれたシャドーに連れられて、私は広いホールの真ん中をさっきとは逆方向に突っ切っていた。
これから慌ただしくなりそうだから(ハンターがまた何かやらかしたらしい)外に出た方がいいと言ったきり、シャドーはずっと黙りこくっている。私は私で慣れないスモークの怖さに無口になり、なんだか二人とも急にぎくしゃくしてしまったみたいだ。

「リタ」

そんなとき、急に名前を呼ばれたものだから私は思わず飛び上がりそうになった。いつのまにかマスクを外したシャドーのペールグリーンの瞳がぎょろりとこちらを向く。

「ロストと話したのか」
「え? うん……?」

あまりに唐突な、しかも意図のわからない質問は私を戸惑わせるに十分すぎた。のろのろと足を進めながらシャドーの顔を見つめるが、その頭の内はひとつも読めない。
まるで見知らぬ他人を相手にするかのような緊張にとうとう私の歩みは止まってしまい、続いてシャドーもはっとしたように立ち止まった。

「閉じ込めて悪いことしたな」

少なくとも、その声はいつもと変わらなかった。私の手を引く強さも歩き方も、いつもと同じ。
声の調子が違って聞こえた気がしたのは、ただの私の勘違いだろう。あるいはホールに反響したせいで変に聞こえただけのことに違いない。なんだ、勝手に不安になったりして恥ずかしい。

「気にしてないからいいよ。あ、ロストは? まだここにいる? お礼言わなきゃ」
「俺が伝えておく」

あ、まただ。またちょっと不機嫌になった。ロストの話題が嫌なのかな。でも前に、相棒みたいな関係だって言ってただけに違和感が拭いきれない。
もしかして喧嘩でもしてるのって聞こうとしたけど、その前に外に出てしまった。

「じゃあ今度また案内してね。楽しかった」
「リタ」
「うん?」

シャドーが私の腕を掴んで持ち上げ、手のひらに何かを乗せた。それは彼が使っているのと同じ、円柱型の髪飾りだった。くすんだ金色の本体に繊細な彫り模様がほどこされている。

「やる」
「う、うん……? ありがとう」

なんでまた急に。いや、骨とかじゃなくてよかったけど。

「髪質が違うから着けられないのが残念だね」
「でも持ってろ」

髪飾りを落としてしまわないように私の指を折り畳むシャドーの口調には有無を言わさぬものがある。高圧的ではないけどかたくなな態度だった。
それからなぜか満足げにうなずいたあと船に戻っていく彼の背に、私は疑問を残しつつもバイバイと手を振った。

2015-03-04T12:00:00+00:00

    拍手ありがとうございます!とても嬉しいです!

    小説のリクエストは100%お応えできるとは限りませんが、思いついた順に書かせていただいています。

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