1つの野菜が引き起こす思わぬ混乱について

困った。
まったく包丁の刃を受け付けない緑色の物体を目の前に横たえたまま、私は何度目かもわからぬうめき声を発した。
唸っても、ため息をついても、なだめても、褒めても叩いても懇願しても、巨大なかぼちゃはずっと同じ姿でそこに転がっていて、現実が好転する兆しはない。
確かに持ち帰るとき、ちょっと大きすぎるし重たいし、切り分けるのに苦労しそうだなって予感はよぎったけど……まさかここまで硬いとは思わなかった。鋼鉄製か?

「仕方ないな」

かくなる上はうちの最終兵器に出てきてもらおうじゃないか。

「ジェイソンー、ジェイソーン! いるー?」

キッチンのドアから顔を出すと、ちょうどリビングのソファに探していた姿があった。
ちょっと来てと言って手招くと、従順な彼はお気に入りのテディベアを置いてキッチンにやってきた。それから、なあに、と首を傾げる。

「これ、カボチャが切れなくて。代わりにやってくれない?」

ジェイソンは「任せて」とでも言うように胸を張ると、張り切った様子で腰から鉈を——

「待って待って。いったん落ち着こ。いったんそれ置いとこ。木っ端微塵にしてほしいわけじゃないのよ」

握りしめた凶器を力一杯振り下ろす気満々の腕を制止していなければ、今頃はカボチャどころかシンクまで吹っ飛んでたと思う。
私の判断は間違っていない。だからそんなにしょんぼりされても困る。

「よしよし。また今度なんか頼むからさ……ま、薪割りとか」

そこへ先ほどの騒ぎを聞きつけたのか、そこにひょっこり現れたもう一人の力持ち。

「あ、マイケル」

そうだそうだ、マイケルにお願いしよう。なんとなくカボチャの扱いに慣れてそうだし……。
事情を説明すると、彼は快く引き受けてくれた。

「……」
「……」
「……なんでいきなり垂直に突き立てるかな」

どうしてなの。
寸分のズレもなくど真ん中に命中したのはさすがだと思うが、そのせいで包丁が抜けなくなって進退窮まった。
マイケルは焦った様子でカボチャ付きの包丁をぶんぶん振っている。なんだか新しい鈍器みたいだ、とそれを見つめるジェイソンと私。
そしてとうとうすっぽ抜けたカボチャは綺麗な放物線を描き飛んでいき……

「がっ!?」

なんともいいタイミングでキッチンに顔を出したフレディの額に直撃した。それも、とってもとってもいい音を立てて。

「あー、大丈夫?」
「こっの……マスク野郎!」

なにせここは現実世界なので一瞬心配したのだが、さすがにフレディは頑丈かつ立ち直りが早かった。
ぎらぎら光る目をマイケルに向けたかと思うと、素早く彼の襟元を掴んでリビングの方へと放り投げる。
もちろんマイケルだってやられっぱなしで黙っているような奴ではなく、こうなるともう取っ組み合い蹴り合い斬りつけ合い、その辺りものをなぎ倒しながらの大喧嘩だ。
そういえば……。ちらりと隣のホッケーマスクを見上げると彼に参加の意志はないようだったが、一応教えてやった方がいいだろう。

「ねえジェイソン、くまさん向こうに置きっぱなしじゃない?」

瞬間、はっとしたように背筋を伸ばしたジェイソンは、先ほど役目を果たせなかった鉈を再び引き抜くと、足音も重く喧噪のリビングへと向かった。
さて、キッチンに残されたのは私とカボチャ。床に転がるそれは、めでたくまっぷたつになっていた。

「あんたたちあと十秒で喧嘩やめて片付け開始しないと今日のご飯は無しだからね!」

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