九月の第三月曜日

秋深まる九月、予定のない月曜日。その日、リズは風変わりな“客人”と共に自宅の部屋の中にいた。

強めの風が窓を揺らして、リズはそちらの方へ顔を向けた。スズメと思しき鳥が一羽横切ったが、それだけではとてもじゃないが彼女の退屈は紛れない。リズの口からあくびが漏れた。
それから何とは無しに客人へと視線を戻す途中、ふと壁掛けのカレンダーが目に留まった。

「……グレイ、今日何の日か知ってます?」

突然声をかけられて、武器の手入れをしていたグレイ・ベックは面食らったようだった。

「さて、知らんな」

そう答えて、鋭い爪の生えた手で顎を撫でる。
彼は鏡と見紛うばかりに磨きあげた鉈を腰の鞘に戻し、体ごとリズの方を向いた。退屈を持て余した人間の話し相手になってやることを決めたらしい。
「敬老の日ですよ」とリズ。

「そうか。して、その“ケイロウ”とは?」

グレイがくぼんだ眼窩の奥でゆっくりと瞬きをする。その不思議そうな様子をみて、彼にもまだ知らないことはあるのかと嬉しくなったリズは椅子の上で両足をぷらぷらさせた。

「お年寄りを大切にしましょう、みたいな日」

あなたのための日ですねと言葉を結ぶ。
するとグレイはまたしても顎に手をやり、そして低く喉を鳴らした。
そこにわずかばかり含まれた不満げな響きを敏感に感じ取ったリズがいたずらっぽく笑う。

「“エルダー”って呼ばれてる人が老人であることを否定するんですか?」
「それはそうだが……」
「いいじゃないですか、渋いおじいさまは素敵ですよ」

その髪とかすごく好きですと、人間ならば『ロマンス・グレー』とでも言い表せそうな、色が抜けて青っぽくなった“頭髪”を指差す。
つられてグレイが指を触れると、太いドレッドと一緒に、大振りのビーズや小動物の骨で出来た髪飾りがしゃらしゃらと揺れた。

「ふむ、そうか?」
「ええ」

まったく、このひとは戦い以外になると急に『かわいいおじいちゃん』になっちゃうんだからと、リズは胸中でおかしく思った。
そんなリズの気持ちを知ってか知らずか、すっかり機嫌を直したらしいグレイは「かくの如き記念日まで作るとは、人間は几帳面な生き物だな」としきりに頷いている。
「そうですね」リズは微笑み、そして思い出したように小さな丸い物体を彼の前に差し出した。「はい、これ。敬老の日のプレゼントです」
彼女の手の平に乗っているのは一つのキャンディだった。ピンク色の包装紙がかさかさと音を立てる。

「……溶けているように見えるが」
「引き出しの奥にあったもので」
「いつからだ?」
「うーんとですねぇ……」

リズが首を捻る。

「少なくとも数ヶ月前?」
「いらぬわ!」

からからと楽しげに笑うリズの声をバックに、まったくなにが敬老かと、グレイは一声呻くと椅子に深くもたれかかったのだった。

2012-09-17T12:00:00+00:00

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