星と金平糖

「ハンターが悪さをしてないか見てこい」
たまたまそこにいたからという理由だけでそう命じられたとき、スカウトは船内でトロフィーの洗浄などしていた自分を恨んだ。
つい先ほどまで一緒にいたはずなのに、いつの間にか姿をくらましたシャーマンの事も。毎度ながら奴の危機回避能力は狂いがない。
他のメンバーらと同じようにどこでもいいから狩りに出ていればよかった。
そうすればこんな面倒事を押し付けられずに済んだものを……だが後悔は先に立たないもので、エルダー相手に意義を申し立てるだけの思い切りも、彼にはなかった。


と言う訳で、彼は単身地球へと乗り込んできたのだが……

「あー、大丈夫だから心配しないで。わざわざどうもね」

実にあっけらかんとした答えを前に、スカウトは体中の力が抜けるような思いがした。
ハンターがこの人間の何を気に入っているのかは知らないが、案外こういういい加減なところなのかもしれない。

「……ソウカ」
「うんうんいつも通りだよー。ま、連れて帰ってくれるなら有り難いけど」

そこまでは任務に入っていないと述べても、エミリーはちょっと肩を竦めてみせただけだった。
そんな調子で簡素な近況報告を終えたあと、エミリーはもう限界とばかりに目をこすった。

「ふあ……眠……スカウトも夜遅くに大変だねー」
「“夜”?」

言われて初めて気がついた。こちらはもう眠りの時間なのだと。
そういえば外が暗くてやけに静かだ。
地球のサイクルにどっぷり浸かっているハンターも自分の寝床に戻るつもりのようで、部屋の出入り口にひょっこり顔を出した。
肩のアーマーやレイザーディスクやキャノンなど、外せるものはすべて外して簡素になった出で立ちでエミリーを呼んでいる。

「エミリーー、寝ルゾ! 来イ!」
「普通に嫌だし」

ハンターはきょとんとして小首を傾げた。

「エ、ナンデダヨ。カイロ代ワリニナラナイオ前に何ノ価値ガアルンダヨ」
「あ、言ったな!? 言ったなてめー! 貴様のそのふざけた網タイツを引きちぎってくれるわ!」
「ジャア暖房入レロヨ、暖房! 寒インダヨバーカ!」
『落ち着け。……ハンター、異種族とは言え女性にその態度はないんじゃないか?』
「あ、ごめんスカウトも網タイツだったね」
『今そんな話はしていない』
「私プレデター語わかんないよー」

しばらく大人しくしていたはずの頭痛の芽が顔を出しかけて、スカウトはマスクの額を押さえた。次こそは相手がエルダーだろうが誰だろうが絶対に「NO」と言おう。

「も、いいから寝て。ハイおやすみおやすみー」

ハンターに向かって野良犬でも追い払うように手を振るエミリー。
面倒なことになるんじゃないかとスカウトは思った。だが意外なことに、負けず嫌いなはずの男はすんなりと引き下がったではないか。
あるいは今のちょっとしたバトルは二人の間で毎晩繰り返されているおやすみの挨拶代わりなのかもしれない。

「オ前モ寝タ方ガイイ。スマナカッタナ、急ニ押シカケタリシテ」
「いや、別にいいよ。今日泊まっていくよね? 一緒に寝る?」

……もう帰りたい。へらへらした笑みがこれ以上頭の痛みを刺激する前に、スカウトは何も言わずに階下へと逃げ出した。

あちこち試してはみたものの、この家の中にゆっくり休息出来そうな場所は見つけられなかった。
そもそも先程着いたばかりでもう眠れと言われても無理な話ではないか。
結局、彼はリビングのカウチに落ち着いた。ここも居心地は良くないが、どうせ一晩だけだ。

どれくらい経った頃か、エミリーが部屋に入ってきて、ゆったりとした夜間着に身を包んだ彼女はスカウトと目が合うと申し訳なさそうに眉を下げた。

「起こしたかな、ごめんね」
「ドウシタ、何カ問題デモ?」
「ううん、喉渇いただけ」

エミリーの背中が隣のキッチンへと消える。冷蔵庫を開け閉めする音がして、再び姿を見せた彼女の右手にはミネラルウォーターのペットボトル。
そのままカウチまでぶらぶらやってくると、エミリーはスカウトの隣に座った。

「寝タホウガイイ」
「んー、でもなんか目ぇ覚めちゃったし」

ペットボトルの中身を一口あおる。

「だから眠くなるまで付き合ってよ。ねえ、スカウトはいつもどんなことしてるの?」
「雑務雑務マタ雑務」

エミリーはくすくす笑った。

「狩りは?」
「スル」
「上手いほう?」
「サア、普通ダト思ウガ」
「お、さすがに大人ですね。ハンターとは大違い。あいつは『俺が一番強いし!』みたいなこと言ってたけど」

また好き勝手なことを……スカウトはげんなりしたように首を振って、だがハンターの自慢を頭から否定しようとはしなかった。

「体力デ言エバ桁違イダカラナ……奴ハ確カニ筋ハイイ。タダ学習能力ト計算ガ足リン。馬鹿スギル」

エミリーを横目で窺う。打てば響くような受け答えと物おじしない態度が好ましい。
いつか母船に招いてトロフィールームを見せてやりたいと、スカウトは思った。神聖な場所に人間を入れるなど他の仲間はいい顔をしないだろうが……。
エミリーとの会話は日ごろのフラストレーションを蒸気に変えて吐き出すような、あるいは石ころにして一つずつ投げ捨てるような、そんな気楽さを与えてくれた。
自分の話などめったにしないので最初のうちこそ当惑したものだが、しかしいつの間にか相手が異種族であることも忘れて談話にのめり込んだ。
さすがに長くなりすぎたかと思い当たったのは、こうして肩を並べて一時間も経過した頃。

「スマナイ、ツイ愚痴バカリ——」

見るとエミリーはこくりこくりと船を漕いでいた。からっぽのペットボトルが揃えた膝の上に横たわっている。
間もなく首から完全に力が抜け落ちて、彼女はスカウトの胸にもたれ掛かった。

「オイ、人間、……エミリー?」

エミリーに目を覚ます気配はない。それどころか本格的に寝息を立てはじめた人間を見下ろすスカウトはすっかり困り果てていた。
かと言って無理矢理起こすのは酷な気がする。
——仕方ない、か。
あれだけ愚痴に付き合わせたのだ。胸を貸すくらいは喜んでやるべきだろう。
触れ合う箇所からじんわりと体温が忍び寄る。
その温もりに誘われるようにしてスカウトは恐る恐るエミリーの肩を抱いた。あたたかい、とても。
このまま夜が明けなければいいと、そんな柄にもない願いが一瞬だけ頭をかすめた。

2013-06-12T12:00:00+00:00

    拍手ありがとうございます!とても嬉しいです!

    小説のリクエストは100%お応えできるとは限りませんが、思いついた順に書かせていただいています。

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