おやすみなさいを言う前に。

「もう寝るよー」
「はーい!」

春の訪れを感じる静かな夜。消灯を宣言したのはエミリーで、それに答えたのはチョッパーの元気のいい声だった。
“彼ら”が地球に来てからすでに半年以上。チョッパーは他のふたりとは違い、このエミリーと共に暮らすことを選んだ。
エミリーはチョッパーのお気に入りだった。いつもはつらつとしていて精力的なレックスも好きだったが(たまに怖い)、対極的におっとりのんびり構えたエミリーのことが、彼はたちまち気に入ってしまったのだ。
大きな体で急いで階段をかけ上がると、一番上でパジャマ姿のエミリーが待ってくれていた。

「お待たせ!」
「準備できた? じゃあ寝ようか」

二人の会話は異種族同士とは思えないほどなめらかで滞りがない。三人組の中でもチョッパーの会話力は抜きん出ていた。
通常、プレデターの言語は顫動音で形作られる。人間には『ゴロゴロ』や『クルクル』としか聞こえない音には実は多数の情報が含まれており、彼らはこれで仲間との意思疏通をはかっている。
では他の種族とのコミュニケーションはどうか。
フェイスマスクには翻訳機能も搭載されているから、その気になれば人間との会話も不可能ではない。
が、いくら優れた機能を積んでいても、会話のキャッチボールが成り立つレベルに達しているものはそうそういないのが現状だ。
ところがチョッパー生来の好奇心旺盛さからか、あれよあれよという間に地球の言語を会得して、今ではこうして難なくエミリーと言葉を交わせるまでになっていた。

「オレ、今日はエミリーと一緒に寝たい!」
「一緒にって……」
「ねー、お願い!」

エミリーは思わず噴き出した。いい年をした男が、それも見た目にも恐ろしい身長200センチの異形の男が、どこで覚えてきたのか胸の前で両手をあわせて拝んできたのだからさすがに耐えきれなかった。

「わかった、そこまで言うならしょうがないねー。でも、じゃあ床で寝ようね?」

ベッドを使わせたりしたら、狭すぎて寝るどころじゃなくなるだろう。いや、それ以前にスプリングが全滅するかもしれない。
冬用の毛布を床に敷いて、その上にタオル地のブランケットを重ねて簡易の敷布団を作った。ベッドほど寝心地はよくないが、まあ我慢するしかないだろう。
エミリーが先に寝転がると、マスクと胸の装甲を外したチョッパーも大喜びで隣に滑り込んでくる。
ところが満足げだったのもつかの間、その様子は次第に落ち着かないものに変わっていく。

「ンー、なんか寝にくい」
「床固いからかな?」

そうかも、とチョッパーがうなずく。プレデターは比較的不安定な、でこぼこのある寝床を好む——たとえば地上遥か彼方の樹の枝の上だとか、暗い洞窟の奥だとかを。

「あと、もっと狭いほうがイイ……」
「狭いのがいいの?」
「うん。暗くて狭いとこがね、一番落ち着く!」
「ふうん? なんか猫みたい。あ、そうだ……じゃあこうしたらどう?」

言うなりエミリーの右腕がひるがえった。同時にばさりと音がして、二人の周囲が濃密な闇につつまれる。
ブランケットを頭からかぶって、お望み通り暗くて狭い空間を手に入れたチョッパーは楽しげに喉を奏でた。その音色はまるで笑っているように聞こえる。

「なにも見えないや」

お互いの息づかいを感じられそうな距離でエミリーが呟く。

「オレは見えるよ!」
「そうなの? わぁ、なんか恥ずかしいかもー」

たとえばどんな風に見えてるんだろうとエミリーは思った。薄暗がりの中のようにぼんやりと? それとも表情や視線の行き先まで仔細にはっきりと?
相手の目をふさぎたくなったが、暗くてなにもわからない。
なんにせよこれじゃ暑くて眠るどころじゃなかった。残念ながら、この思い付きは失敗だ。

「ぷはー、ギブアップ! 苦しー!」
「えー、オレは気に入ってたのに」

エミリーのあとを追ってブランケットの秘密基地から顔を出したチョッパーは少し不満そうだった。どうやら彼にとってはあの息苦しさも暑さも心から快適なものであったらしい。

「じゃあチョッパーだけ潜っててもいいよ?」
「エミリーと一緒がいいんだもん」
「一緒にいるよぉ。ここに」

たぶん朝まで、と付け足す。二人の目覚めの時間はいつもほぼ同時だった。

「ホントに?」
「ほんとに」

迷いのこもった顫動音。だが結局はエミリーを信じることに決めたらしく、チョッパーは素直にうなずいて再びタオルケットに潜った。

「窒息しちゃわない?」
「ダイジョーブ」

みぞおちのあたりに顔が押し付けられるのを感じて、エミリーの腕がほとんど反射的にその頭を撫でる。
チョッパーが早くもうつらうつらしかけているのが、穏やかな喉の音を通じて伝わってくる。
おやすみなさいを言う前に、エミリーは大きな子犬の頭をもう一度撫でてやった。

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