SilentMode,OFF

そろそろ試験が近いと言うこともあって、今日の図書室は大変な混みようだった。
ひたすら書き取りを行っている者、重たそうな本を何冊も重ねて運んでいる者、力尽きていびきをかいている者。さまざまな人間が部屋のそこかしこでうごめいている。
私も勉強のため空いているテーブルを探してる最中だが、この分じゃ希望は持てそうにない。ノート一冊広げるスペースさえあれば贅沢は言わないんだけど……

辺りを見回しながら歩いていると、群衆の中でもひときわ目立つ背中が目に入った。
くたびれたコート姿の男性。科学教師のダークマンだ。彼は机に覆い被さるようにして書き物をしている。次の授業の準備だろうか、教師も大変そうだ。
ちょうどいいことに彼の前は空席だった。そこに座らせてもらおう。
が、まだ三歩と進まないうちに、先生は鋭くも私の気配に気づいて顔を上げた。
ぐるぐる巻きの包帯の隙間から唯一覗くふたつの瞳に、なぜか気まずそうな色を浮かべながら。
手元の本とノートと筆記用具をまとめて立ち上がる彼の人差し指が持ち上がり、包帯に覆われた口元を押さえる。「しーっ」と合図ひとつのあと、黒コートの背中は本の楽園から去っていった。

「さて、と」

つい今しがたまでダークマン先生が座っていた椅子はまだほんのりと温かかった。
おかげでスペースが確保できた。……それにしてもさっきの反応、なんだったんだろ?
静かに、なんて言われるまでもない。そもそも私、一言も喋ってないんですけど。今度会ったら文句言ってやろ。

「ん」

などと考えながらノートを開いた拍子に机の上からなにかが転げ落ちた。
拾い上げてみれば、正体は使いさしの消しゴム。大雑把な使い方をされているそれを手の中で転がしながら考える——多分、先生のだ。あとで届けにいかないと。
消しゴムを置いて、気持ちを切り替えて顔をあげる。が、次の瞬間、私の視線はノートではない別の存在に引き付けられていた。
普段なら気にもしないようなもの。机の真ん中に設置されている、『静粛に』と書かれた紙カード。
気になったのは、もともとの印刷文字の後ろになにか書き足されているみたいだったから。どれどれ、とカードスタンドごと手元に引き寄せる。

『ゃ』と『ん』、……『静粛にゃん』
ご丁寧に微妙に下手な猫のイラストまで。
思わず噴き出してしまい、通りかかった女子生徒に怪訝な顔を向けられた。


黒いソフト帽をかぶった後頭部が、窓の向こうでひょこひょこ揺れている。
時おり身を屈めたり物陰を覗き込んだりするのは、きっと猫を探しているからだろう。猫好きなダークマン先生は暇さえあれば校内に住み着く野良と遊んでいる。
『廊下を走らない!』のポスターを無視して先生の背中に追い付くと、ガラスを叩いて合図を送った。

「せんせー」

窓を開けると初夏の香りがなだれ込んできた。

「やあ、また会ったね」
「ユキちゃん探してるんですか?」
「うん。いつもならこのあたりで昼寝してるはずなんだが……。ところで何か用かな」
「図書室に消しゴム忘れてました。はい、コレどーぞ。それから先生、いたずら書きはだめですよ」
「あぁ……」

またあのばつの悪い顔。顔面見事に包帯まみれのくせしてダークマン先生は考えていることが分かりやすい。

「内緒にしておいてもらわないと他の先生に叱られるな」
「んじゃ買収されてあげるので単位ください」
「それ以外で」
「じゃあ……あなたをください」

先生のびっくりしたような瞳と視線がかち合った。薄氷みたいにもろそうな淡い青色のその瞳が二度まばたきをするあいだ、私たちは沈黙のままに見つめあっていた。

「だめですかにゃん?」

包帯の下から、ふふっという声。あ、笑った。笑ってくれた!

「じゃあ考えておくよ」

そして、先生はいつも猫にするように、私に向かって優しく目を細めた。

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