この骨を埋めてくれるのは、

同居人が突然「海に行きたい」とか言い出した。

「海」

その短い単語は私を戸惑わせた。灰色の空は今にも一雨降らせそうな案配だし、第一、今は冬だ。
徒歩で行ける距離とは言えこんな日に海まで散歩だなんて。

「明日じゃダメ?」
「ダメ」
「じゃあ一人で——」
「ダメ」


……負けたんじゃない、優しい私が折れてやったんだ。
しぶしぶ脚を伸ばした海岸は陰気な色に包まれ、打ち寄せる波までどこかうら寂しく、そしてやはり寒すぎた。遊泳客がいないのは当然のことながら、釣り人すら見えないではないか。
潮を含んだ風は重たくて吸い込むと体の奥底に沈殿するようで不安になる。不安と言えば、ロストが“見えない”のもそうだ。

砂を穿つ大きな足跡とか、ときどき聞こえる顫動音とか、独特のにおい(ちょっと生臭い)で存在こそ感じられるものの、光学迷彩を使った彼の姿は目視できない。
それがなんだか不自然で落ち着かないのだ。
本当にそこにいるのか気になってつついてみたら、何を勘違いしたのか手を握ってきた。

「端から見たら完全に変な人じゃん、私」

そう言ったら、誰もいないから平気だって、なんてのんきな答えが返ってきた。まあ、確かにそうだけど。

「なんでこんなとこに来たいと思ったの?」

マフラーを口元までずりあげながら問う。口の中に潮風の味が広がった。

「思イ出シテ」
「なにを?」
「アノ日ノ事」

たどたどしい電子音声が喋る内容が汲み取れず、私はしばし黙り込んだまま寄せては返す波を見ていた。
ロストはロストでそれが『どの日』のことなのか説明するつもりはないようで、静かに私の答えを待っている。多分クイズでもやってるつもりなんだと思う。

「ヒント要ル?」

ほらね、やっぱり。

「いーらなーい。ちょっと待ってよ考えてるから。……あ、あーわかった! 初めて会ったのがココだったんだっけ?」
「正解!」

ロストの声が弾む。

「そっか。漂着して死にそうになってたんだよね。ぶっは、笑える」
「ソレハ思イ出スナ、ソレハ!」
「いやー、あれはびびったね。ミドリガメが海にいるんだからねー」

指差して爆笑されたことは一生忘れないとふて腐れるロストを見ていたらまたおかしくなってきて、怒った彼に背中をばしばし叩かれるまで笑ってしまった。

「いたたたた、ごめんってば。……そうだね、そういえばこんな感じの天気の日だったかも」

どうしようもなく落ち込んで泣いて悩んで、ぐちゃぐちゃになった頭で目的地もなくふらふらして。そしたら何故か死にかけの宇宙人拾っちゃって悩み事が増えたんだっけ。
……あれ、でもそういえば泣くほど悩んだのってあの日が最後な気がする。
宇宙人騒動で手一杯で、他はどうでもよくなったから? うん、それもある。
だけどもしかしたら、もしかしたらだけど、いつでもロストが一緒に悩んでくれたおかげだったりして?
笑いが漏れた。頭上から不思議そうな顫動音が降ってきたけど、私はクイズなんて出してあげない。内緒にしておく。

「でもありがと」
「イイッテコトヨ。デ、何ガ?」
「わかんないけどなんとなく。ね、ロスト、手繋ご」

これから先、石ころみたいにとりとめのない毎日が過ぎ行くうちに、いつかこの手が自然に綻びてしまうとしても。
すべてが色褪せて、ただやわらかなだけの思い出になる日が来るとしても。
それまでは……どうにかこうにか二人で生きてみようか。

2013-03-27T12:00:00+00:00

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