魔法の指

ヴィンセントの手は——爪が短く切り揃えられた職人の手は、一瞬の迷いも一滴の淀みもなくまるで流れるように作業をこなしてゆく。
たったいま細工を施している人形と同じく蝋で出来たヴィンセントの横顔はひどく無機質だけれど、そこから覗く真剣な眼差しは紛れも無く人間のそれだった。

すっ、と音もなく蝋を削る小型のナイフはまるで彼の一部であるかのように忠実に滑らかに動き、その優雅な踊りは私の心を魅了してやまない。
彼の手の中で刻々とかたちを変えていくクリーム色の塊を指差して尋ねた。

「それはなあに? うさぎ?」

ヴィンセントがこくんと頷く。
私に見せようと開いた掌の上には、確かに長い耳を立てた小動物がいた。ただし下半身は猫かライオンのような肉食動物のそれで、背中にはなぜかヒレがくっついていたけど。
うさぎの色のない瞳は繊細で優しい表情をたたえていて、炎にかざせばどろりと溶けてしまうなんて信じられないほどに生き生きとしていた。

ヴィンセントの指は生命を創る。
一度、あなたの指は魔法使いの指ねと言ったら照れたように頬を掻いていたっけ。

「可愛い」

私が思ったままを告げると彼は嬉しそうに頷いて、それから小さなメモ帳を引き寄せると丁寧な字でこう綴った。

『完成したら、ニーナにあげる』

ほらね、たった一文で私をこんなにも幸せな気持ちにさせるんだもの、やっぱりこの人は魔法の指先をもっているに違いないわ。

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