胃薬はどこですか

朝。
目を覚ました途端に、チェストバスターの寝顔が視界いっぱいに広がった。
小さな体を丸めてすやすや眠る姿はネコみたいでちょっとかわいい……じゃなくてなんで私の部屋にいるのか。うっかり潰しちゃったらどうするの!
ちびを起こさぬようにそっとベッドを離れ、部屋のドアを開けたらなんとウォーリアーが廊下に待ち構えていた。

「お、おはよう……」

今日も長い一日になりそうだ。
警護してくれているつもりなのか何なのか知らないが、ウォーリアーは私の隣にぴたりと張り付いて離れようとしない。
そんな彼と共にリビングに降りるとゼノモーフたちが勢揃いしており、一瞬ひるんでしまった私にもおかまいなしに、彼らは驚くべき愛想のよさでぱたぱたと尻尾を揺らして鳴いた。

この子たちと一つ屋根の下で生活を始めて今日で3日目になるが、正直まだ慣れない。
そもそもリプリーさんから「しばらく預かって」なんて一方的に押し付けられるまで、私はゼノモーフという生き物のことを名前くらいしか知らなかったのだ。
ネットで調べた付け焼き刃の知識もあまり役には立たず、彼らには驚かされ通しだ——たとえば今のこの状況とか。
ゼノモーフってこんなに人懐っこいものなの? 凶悪な見た目とのギャップが激しすぎるんですけど。

「よ、よしよし」

私の脚にがっちりしがみついて『遊んでアピール』に余念がないグリッドの細長い頭を恐る恐る撫でると他の子までが「じゃあ自分も!」とばかりに寄ってくる。
これが犬猫ならどんなに嬉しいかと思うが、自分よりも一回り以上巨大な怪物相手となるとさすがに怖い。

「ちょっ、着替えたばっかりだから! 服汚さない、で……あぁー……」

前後左右からのスリスリ攻撃の犠牲となった私のTシャツに合掌。


昼。
ご飯できたよ、と呼ぶまでもなく時間になると同時にわらわらと集まってくるゼノモーフたち。
彼らは外部からの栄養補給がなくても死にはしないらしいが、さすがにかわいそうなので毎日きっちり食べさせている。
やたら懐かれてるのはそのせいもあるのかな……そんなことを考えながら自分の昼食を口に運んでいると、食欲旺盛なバンビがやってきて「それちょうだい」と私の腕をちょいちょいとつつきはじめた。

「え、これ? 欲しいの? えーと、うん、いいよ」

雑食性だとは聞いていたが、この子たちは本当になんでもよく食べる。
心なしかきらきらした表情のバンビにトマトを差し出すと喜んで食いついてくる……が、勢い余ったかフォークの先まで噛みちぎっていった。
やばい。ゼノモーフやばい。

「あの、ちょっと」

食器の後片付けを終えてやっと落ち着けると思ったのもつかの間、「遊んでくれるの?」とばかりに顔を輝かせるゼノモーフたちに取り囲まれて、私は投降する犯人よろしく両手を高々と上げていた。
うう、怖い。そもそもカエルすら触れない私に巨大トカゲの世話を任せるのが間違っているんだと思う。

「ど、どいて下さい……」

無駄を承知の上でのお願いは案の定無視されて、そのうえなにを思ったか正面の一匹が覆いかぶさるようにして抱き着いてきたではないか。もう服が汚れるとかの騒ぎじゃない。
ええっと、この子は誰だっけ。黒色の体に細いしっぽ、それから手足が長いから……

「ビッグチャップ?」

確認すると、大柄なゼノモーフは高い声で「きゅう」と鳴いた。

「そっかぁ。チャップちゃん悪いんだけどちょっと放し——ひゃぁああ!?」

なんか、なんか背中にくっついた! 重い! ナニコレ!?
情けなく動転する私を、みんなが驚いたように見ている。その中でいち早く動いたのはニューウォーリアーで、彼女は水かきのある手をのばすと私の背中から何かをひょいとつまみ上げた。
大きな手の中で「してやったり」とばかりににんまりしているのはいたずらっ子のチェストバスター、こいつが背中にしがみついていた犯人らしい。

「心臓止まるかと思った……。もう、いい子にしてないと遊んであげないからね!」

そう言って小さい末っ子をびしっと指差した瞬間、他の子たちまでもが慌てて姿勢を正したものだから、私は思わず声を上げて笑ってしまったのだった。


夜。
全員におやすみを言ってから、ほっとした気持ちで部屋に引き上げる。これでやっとゆっくり休める! おつかれ私!
まあ、そんなささいな開放感なんて、ベッドの上でにんまり笑っているグリッドが目に入った途端に跡形もなく砕け散ったんだけど。

「なんで……」

追い出す勇気などあるわけもなく、結局狭いベッドで二メートルのトカゲとぎゅうぎゅうになって寝るはめになった。
嬉しそうに額を擦り寄せてくるグリッド、緊張で眠れそうにない私。
明日も今日に負けず劣らず長い日になることを予感した。

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