十五夜草の花言葉

あの頃俺には二つの名前があった。
一つは生まれた時に長老から授かったもの。
もう一つは儀式を突破し、戦士として生まれ変わった際に——人間から与えられたもの。

「悪いけどわからないわ。そうね……そう、“スカー”よ。これからあなたのこと、そう呼ぶから」

あまりに長い一日をくぐり抜けてからどれだけ経った頃だろうか、彼女は俺の名前を知りたがった。
渋る理由もないので教えてやったが、人間は首を傾げるばかり。俺たちのそれとは正反対の柔らかい髪が音もなく揺れた。
そして、返ってきたのが上の言葉と言う訳だ。

「《スカー》?」

それは『傷跡』を意味するのだそうだ。
最初こそなんて安直なのかと呆れたが……俺は次第にその名前を受け入れるようになっていった。
いや、それどころか気に入ってさえいた。俺は好んで『スカー』を名乗り、いつしか俺の名前は一つになった。彼女がつけてくれた名前一つに。

気に入っていたのは名前だけじゃない。
俺は件の人間が——レックスが好きだった。いや、今でも好きだ、もちろん。
俺はレックスを愛して、レックスも俺を愛してくれていた。口に出すことはなくてもそれは確かだ。

「レックス」

俺は折に触れては彼女を呼んだ。用があってもなくても、思い付いた時に。すると彼女はこちらを向いて、短く問い返すのだ。
「ええ」と。
呼ぶことと答えることはいつも一対の存在で、もはやなにかの約束事のようだった。

「レックス」
「もう、聞いてるわよ。なに?」
「……なんでもない」
「なによそれ、変なスカー」


「ほんっとに! スカー、あなたって憎らしいくらい変わらないわね」

いつだったか彼女はそう言った。
おなじみの腰に手を当てる仕草、そして憎いと言う割にはおもしろがっているような声。大きな二つの目が俺を観察している。

「レックスだって変わってないだろう?」

言葉の意味が掴めずのろのろとそう答えると、彼女は急にふいと顔を背けてしまった。

「あら、お気遣い下さってどーも」

なぜ怒らせてしまったのか、当時はまるでわからなかった。
レックスはいつまでもレックスで少しも変わってなどいなくて、彼女は誰よりも美しくて輝いていて愛すべき存在だったから。
……だけどそれから十年近く経って、愚かな俺はやっと理解した。してしまった。

そうか、人間は俺達よりもずっと性急に老いる生き物なんだと——

「——、おい、聞こえてるか?」
「え?」

どのくらい物思いに耽っていたのか、ふと気づくと仲間の一人が俺を呼んでいた。
何度も繰り返されるそれが自分の名前とは気づかず惚ける俺を、そいつは心配げに見ている。

「どうかしたのか?」
「……いや」
「そろそろあいつらの出発時間だ」
「ああ」

そうだった。今日は後輩の儀式の日で、俺にはそれを見守る役目があるんだった。情けないな、一瞬そんなことすら忘れていた。

「先に行ってるぞ」
「ああ」

窓の外を見ればいよいよ地球が近づきつつある。
彼女と過ごした場所。今や俺とは何の関係もなく、だが未だ心を締め付けて離さない場所。

たった数十年。たった数十年で彼女はいなくなった。
故郷に戻った俺をスカーと呼ぶ者はなく、俺は名前を一つなくした。それはさながら半身をなくしたかのようだった。

「レックス」

彼女はもういないのに。
俺を“スカー”と呼んでくれた、あの声はもう二度と聞けないのに。

「レックス」

わかっていても、俺は幾度も幾度も彼女を呼ぶ。

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