終わりしか見えずに

自分がなんで泣いてるのかわからないけど、とにかく悲しくてつらくて苦しくて、もうなにもかも終わりにしたいって願うくらい全部がいやでいやでしかたなかった。
それで部屋のすみっこで膝をかかえていたら、誰もいないはずなのに声が聞こえた。

「シャーロット」

どこからだろう。くくく、と押し殺した含み笑いがただよってくる。
耳のすぐそば、うなじのあたりで囁かれているみたいでもあり、天井、床下、もっと遠くか近くか……すぐ目の前から聞こえた気もした。

「シャーロット」

再び、今度はゆっくりと、歌うように私の名前をなぞった。
真っ暗な部屋の中心からぬっと現れたのは、赤と緑の縞模様のセーターを着た知らない男のひと。

「なにを泣いているんだ? ん?」

そのひとは焼け爛れた顔をにやにや歪めながら、右手に着けたナイフの鉤爪を擦り合わせて鋭い音をたてる。私はその響きも男のひくく濁った声もふしぎと嫌いではなかったので、おとなしく彼が近づいてくるのを待った。
こつ、こつ、黒色のショートブーツが暗闇を踏み分ける。男は私の目の前までやってくると、ゆっくりしゃがみ込んで首をひねった。

「可愛い可愛いシャーロット。俺を忘れたのか? フレディ・クルーガーを」
「……し、知らな、い」

フレディと名乗った人は特に落胆するでもなく、そうか、と頷いた。

「気にしなくていいよ、シャーロット。ここが嫌なんだろう?」

ケロイドに覆われた左手が、私の頬をなでる。なんて心地好い体温と声だろう。どうしてこんなに落ち着くんだろう。

「俺がどこへでも連れ出してやる。……どこへでもな」

そう言ったフレディはとても真剣な顔をしていて、私ははじめて彼をすこし怖いと感じた。
だけど、一瞬ののち「さあ、来い」と言って立ち上がったフレディの口元はさっきまでと同じように笑っていたから、たぶん今のはなんでもなかったんだ。
鉤爪に触れないように、差し出された右手を握ると、彼は満足げに目を細めた。それから自分がかぶっていた茶色い帽子を私の頭に乗せて、今まででいちばん優しい声で、そう、とびきり優しい声でささやく。

「これからずっと一緒だ、俺のお姫サマ」

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