一家に一匹

我らが女王陛下がなにやら困っているらしい。
らしい、というのは当人の表情がすこぶる読みづらく、いまいち確信が持てないためだ。『目は口ほどに物を言う』とは有名なことわざだが、しかしゼノモーフに眼球はない。
むしろ私のほうが困り果ててまじまじ見上げていたら、陛下が不機嫌も露わにこちらを睨んだ。すぐに興味なさそうに視線を逸らされてしまったけど。
ああ、おかげで完全に話し掛けるタイミングを失ってしまった。なにかお困りなら力になりたい……だけど困っている内容がわからない。
とりあえずこれ以上まごまごしてて叱られるのも嫌なので頭を下げて彼女のそばを辞し、むこうで会合してるウォーリアーたちにでも聞いてみることにした。

「女王様はどうなさったの?」

突然会議を邪魔されたにもかかわらず、ウォーリアーたちは意外と愛想がよかった。
部屋の隅で円陣を組んで顔を突きあわせる彼らは「まあまあ座れよ」とばかりに一人分の隙間を作ると、そこに私を招き入れてくれた。多分これってはたから見たらかなり異様な光景だと思う。

「それで? なんの相談?」

誰にともなく話しかけると、私の右隣りにいるウォーリアーが、きいきいときしるような声で答えた。

「えっと……」

考えなしに加わってしまったが当然ながら私にゼノモーフ語は理解できない。
「ごめんわからない」と白状したらその子は目に見えてしょんぼりしてしまった。
長い頭をよしよし撫でながら、女王陛下を盗み見る。彼女は扇状の長い頭部を傾けて、ちょうど物思いに耽るような格好で遠くを見つめていた。
後頭部をつつかれて視線を戻すと今度は左隣りの子がなにやら喋っていて、彼は長い尻尾で部屋の反対側を指し示した。

そこには別のウォーリアー数匹が、やはりグループを作って寄り集まっていた。
別段おかしなところはないように見えた——最初のうちは。だがやがて、グループの中に見慣れないゼノモーフが複数体いることに気がついた。
四つ足歩行の様子はバンビエイリアンに似ているが、それにしては色が黒い。大きさはウォーリアーの半分くらいしかなくて、それからなんというか、身のこなしがやたら優雅である。
ウォーリアー勢はその小さい家族を狩りに送り出そうとしているらしかったが、しかしちびたちは脚を踏ん張って、あるいはわきをすり抜けて逃げ出してしまい、まるで言うことを聞かない。
ちびの一体がフーッと唸って背中を丸めた。

「ネコ?」

そう、それはネコから生まれた新種だった。自由奔放かつ気まぐれで、命令に従わず、協調性に乏しい……あらゆる意味で“新しい”ゼノモーフ。

「なるほどね、そういうこと。寄生する相手を間違えたね」

そりゃあ女王陛下も困るはずね。だけどどう慰めればいいのか見当もつかず視線を戻した私の目に、信じられないものが映った。
ネコモーフのうちの1匹が、あろうことか女王陛下の体をよじ登りはじめたのだ。
更にそれに気づいた他のちびまでもが「わたしもわたしも」とばかりに登山隊に名乗りを上げたので、これには私だけでなく巣に居るウォーリアー全員が仰天した。
無垢とは恐ろしい。少しでも慎重さという美徳が備わっていれば、あんな無謀な行為は絶対にやらないはずなのだが。
楽しそうなネコモーフ集団とは真逆に、私たちは完全に固まってしまっていた。これはアウトだ、完全に怒られる……誰もがそう怯えていた。

——ところが、我らが女王陛下よ、一体どうなさったのですか!
ちびたちのためにわざわざ床に伏せるだなんて。そうですよね、落ちたら危ないですもんね。

「でも私には指一本触れさせてくれないのに……」

ウォーリアーたちも同様に少なからずの衝撃を受けたようで、巣の中は一時騒然となった。
一方のちびたちは器用にも母の体に乗っかったまま昼寝を始める始末。このフリーダムさ、まさしくネコである。
なんだか涙が出てきた。女王様がかわいらしくて、微笑ましくて。あとちょっと、いやかなり悔しくて。

「……私もゼノモーフに生まれ変わりたい。フェイスハガーを! フェイスハガー連れてきて!」

後頭部をウォーリアーの尻尾に叩かれた。落ち着け、と、そう言われた気がした。

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