途切れないブルー

彼女のたおやかな指先は、ジヴァに昨晩のできごとを思い起こさせた。
昨日と違うのはニーナが服を着ていること、ストッキングを穿いていること、コーヒーテーブルにあるのがワイングラスではなくマグカップであること。

卵形の小さな爪が、一本、また一本と別の色に塗り替えられていく。
テレビの中のニュースキャスターがどれだけ不穏な言葉を紡ごうとも、窓の外で春の嵐が吹き荒れようとも、その芸術的とも呼べる所作がリズムを乱すことはない。じれったいほど緩慢なのに無駄のない動きは、ニーナという人物の生き様を完璧に象徴するかのようだ。

つややかな青から目を離せないまま、ジヴァはマグカップを持ち上げたが、中身がすっかり冷え切っていることに気づくと仕方なくもとの位置に戻した。
マグカップとテーブルが擦れてことりと音を立てる。ニーナが口を開いたのは、それと全く同じタイミングでだった。

「シレスティアルブルーって言うのよ」
「何が?」
「この色のこと」

指をこちらに突き出した彼女は聞きなれないその単語を繰り返す。扇情的なささやき声で、シレスティアル、と。

「そう? ただの青にしか見えないけど」
「またそんなこと言って」
「だって青だよ? 青にそんなに種類が必要? 青と水色だけで充分」

ジヴァはわざと大げさに眉を釣り上げてみせたが、内心ではその響きに心打たれたのも事実だった。なんてニーナに似つかわしい響きだろうと。
覚えたての名前を口の中で呟いてみる。青でも水色でもない、その名前。
紅茶を入れ直しに立ち上がるのも面倒で、ころりと横になった先は相手の膝の上。手を伸ばして無防備な喉元をくすぐると、ニーナは笑いながら身をよじって逃げようとする。

「だめよぅ。まだ乾いてないんだからやめてってば」
「さっきのもう一回言ってみて」
「さっきのってなぁに?」
「青じゃない青の名前」

マスカラで着飾った睫毛がゆっくりと瞬いて、これに無言の答えを寄越した。
ニーナは理由を求めない。
それがどんなに不可解で突拍子もない要求であったとしても、いつも訳知り顔で目を細めるだけで、ジヴァは彼女が怪訝な顔をしたり、「どうして?」と口にするのを一度も見たことがないくらいだ。
揺るがない態度は彼女の魅力でもあったし、ときどきは喧嘩の火種にもなりえた。

「気に入ってくれたなら次もこの色にするね」

ジヴァは黙ったまま相手の脚に手をおいた。スカートに守られた太ももから、さらに下へと手のひらを滑らせる。ストッキング越しの膝は昨晩とはまるで違う手触りで、熱っぽく汗ばんだ膚の記憶が、なぜか無性に遠いものに思えた。

「ジヴァ」

どこかもの憂げな声に引き寄せられて顔を上げるとニーナの髪がふっと頬をかすめて、ジヴァは目を閉じる。まぶたの裏の暗闇が急に濃度を増したのはニーナが覆いかぶさってきたためだと気配でわかった。
こめかみに暖かい熱が押し当てられる。母親が子供に与えるキスよりもっと長く、少し長すぎるくらいの時間、唇は愛を囁いていた。

「帰ったらまた教えてあげるわね、他の色も」

青い爪が、からかうようにジヴァの耳を撫でていった。

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