一番好きなのは、名前を呼んでもらうこと。
二番目に好きなのはおでこにキスしてもらうことで、三番目は撫でてもらうこと。
ただくっついていることや、笑いかけてもらうこと、一緒にうたた寝するのも好き。
ネリーと暮らすようになってから、ビッグチャップの頭の中は“好き”であふれてしまいそうなくらいになった。
夜のプールは冷たくて、暗くて、静かで、すこし宇宙に似ている。
その水面を、ビッグチャップの長い尾が蛇のようにくねりながら切り裂いていく。
——見て、じょうずに泳げるようになったの!
水滴を撒き散らし、さざ波の合間から飛び出てきたのは眼の無い顔。ビッグチャップはネリーに褒めてもらおうとプールサイドの彼女のそばに近寄った。
「すごいすごい、チャップちゃんかっこいい!」
望み通りの拍手と称賛と愛撫をもらった怪物は嬉しげに頭を揺らす。プールサイドに座るネリーの膝に黒い両手を置き、もっと撫でてと彼女はせがんだ。
たった一人で生まれてきたビッグチャップの胸は、いつしか孤独に蝕まれていた。
ゼノモーフはつねに何かを守るために生きている。たとえば女王を、仲間を、自分を、子供たちを。だがビッグチャップには守るべきものがなかった。母もなく、子もなく、兄弟もない、生まれながらにしての天涯孤独である彼女が最初に得た感情は“寂しさ”。
寂しさの毒は完全無欠の怪物を弱くした。本来ならば獲物である相手に気を許してしまうほどに。
長い舌をうんと伸ばして、ビッグチャップはネリーの頬を舐めてみた。いや、彼女の舌は他の生物のそれとは少し異なっているから、つついたと言う方が近いかもしれない。
ともかく、彼女の認識で言えば“舐めた”。
「やぁだ、もう」
ネリーがビッグチャップの鼻っ面を押し返そうとする。言葉ほどは嫌がってなさそうなのでもう一度舌を押し当てると、ネリーは身をよじって笑った。
「くすぐったいってば。ほら、もうおしまいおしまい。一緒に泳ご」
そう言って、元気よく足から飛び込んだまではよかった。だが背の低いネリーは胸の上まで水に浸かってしまい、慌ててかかとを持ち上げる。
ビッグチャップが水中で体を支えてやると、ネリーはありがとうと言って身を預けてきた。内緒話をするように、あるいは恋人に甘えるようにビッグチャップの胸に頬を寄せて、完全に信頼しきった表情を浮かべている。
「さみしいのはもうおしまい」
相手に言い聞かせるように、あるいは自分を慰めるように、ネリーはゆっくりとそう言った。