Mellow Season

月日が流れる。季節が巡る。冬が来る。
平年とはすこし違う、特別な冬が来る。

暦のうえではまだ秋と呼んで差し支えないはずが、窓の外の風景は色を失いあまりに物寂しい。このあたりは夏の寿命が短く冬が長いのだ。
だから九月の終わりにもなればどこの家庭でも暖房機器をフル稼働させるのが当たり前で、当然わが家もその例に漏れず、である。
カーテンの開き具合を調整してから、私は絶え間無く熱を吹き出すストーブと、その真正面に陣取る男へと視線をやった。

「どう?」
「寒イ」

振り向きもせず、ぎこちない発音で男が答える。その背中は広く、分厚く、そして——硬い鱗に覆われていた。
この異星人とは今年の春に出会った。それからは色々あったので話せば長くなるが、とにかく、現在私はこの風変わりな男と寝食を共にしている。
明らかに変温動物の流れを汲んでいるこの異星人は極端に寒がりで、朝からストーブの前にどっかりと腰を据えたまま一歩たりとも動こうとしなかった。

「ねえシャドー。もしかして冬眠する? なんか用意した方がいい? 庭に穴掘ってこようか?」
「スルカ、ソンナモン」
「なぁんだ」

爬虫類っぽいから、と笑うとシャドーはようやく振り返り、特徴的な口を大きく開いて威嚇の真似事をした。
私は「あんまり近づくと焦げるよ」と彼の肩に手を置く。
装甲を飾る動物の毛皮はすっかり熱くなっていて、この分なら体の方も十分暖まっていると思うのだが本人はまだ寒いと言い張るのだから相当の冷え症らしい。
とは言え確かに今日の寒さは格別だ。私は寒がりの蛇から離れ、熱い紅茶を容れるつもりでキッチンに足を向ける。
その途中、カーテンの隙間で茶色いものが動くのを見た。

「あっ猫」

呟いた瞬間にシャドーが振り向いた。……なんだその今までのだらけっぷりが嘘のような俊敏な動きは。
「《猫》?」と聞き返すシャドーの声には好奇心がいっぱいに滲み、ペールグリーンの瞳も心なしか輝いている。
一緒に暮らしはじめて間もなく知ったが、彼は“ふわふわしたもの”に強い興味を示す。例えば部屋にいくつか置いてあるぬいぐるみだとか、私のコートを縁取るファーだとか。
ずいぶん前からこのあたりに住み着いている人懐っこい野良猫は、窓越しに私の姿を認めるとにゃあと鳴いた。「なにかちょうだい」の催促だ。あるいは「寒いからちょっと上がらせてよ」かもしれない。
窓を開けてやると猫は身をくねらせながらやって来たが、窓枠を乗り越えたあたりでぴたりと動きを止めた。真ん丸の瞳は私を通り越した後ろを凝視している。
彼女は私が背後を確認するよりも早く、ぼわぼわに膨らませた尻尾をぴんと立てたままどこかへ走り去ってしまった。

「あらら」

振り返るとシャドーががっくりと肩を落としていた。彼はどうにかして“ふわふわした生き物”と仲良くなりたいらしいのに、しかし毎回こっぴどく振られてしまう。

「ざーんねん」

私は窓とカーテンを閉めながらこっそり笑った。
その愉快な気持ちも、突然肩を引かれた衝撃と驚きによってたちまち吹き飛ぶこととなったが。
気がついたときには、広い胸の中にすっぽりと収まっていた。蛇模様の腕が私の体をがっちり拘束している。

「な、なん……?」
「寒イ」

頭上からシャドーの声が降ってくる。お前が窓なんか開けるから、とでも言いたげな調子だ。

「えー、嘘だー。ぬっくぬくじゃん! 背中めちゃめちゃあったかいんだけど」
「……寒イ」

譲らないシャドーは私を抱えたままラグの上にどっかりと座り込んだ。幸いさっきの場所よりはストーブから遠い。
そのまましばらくの間、二人とも無言だった。近くを車が行き交う音と、ぶうんというストーブの稼動音と、リズムの違う呼吸音だけが続いた。
結局、沈黙に耐えかねて口を開いたのは私の方で、首を捻って後ろを振り返る。毛皮がちょうど顔にあたってくすぐったい。

「もしかして拗ねてる?」
「別ニ」
「いつか仲良くなれるって」
「……今ハ」
「今は?」
「《猫》ヨリ、オ前ノ方ガイイ」

そう言って、シャドーは私を抱く腕に心持ち力を込めた。
いや、気のせいかもしれない。その可能性はある。だって私の頭は正常に機能していない。
ただの深読みだと言い聞かせても言い聞かせても血液が沸騰するのを止めることは出来ず、思わず「熱い」と呟いた。

2013-01-04T12:00:00+00:00

    拍手ありがとうございます!とても嬉しいです!

    小説のリクエストは100%お応えできるとは限りませんが、思いついた順に書かせていただいています。

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