安息日に嘘はつけない

私の人生でトップクラスに嫌いなものを挙げるとしたら、休日の着信音はまず外せない。
だってあの音はいつだってロクな事態を伴わない。
たとえば仕事のどうでもいい進捗確認だとか、トラブル発生の連絡だとか、後輩の泣き言だとか……そうそう、あるいはもっと最悪にも休日出勤の要請だとか。
どれもこれも、絶対にごめん。

いま騒いでるのが私じゃなくジヴァの携帯だとしても、せっかくの二人の時間を台無しにされる危険がある限り嫌なことに変わりはない。
私に睨まれてることなんてお構いなしに単調な電子音は響き続けていて、それが5コール目に達したところで恐る恐る画面を覗き込んだ。
画面に表示されたトニーっていうのは、いつも聞かされてるトニーのことに違いない。
一度会ってみたいってジヴァにずっとお願いしてるのになかなか許可してくれない、あのトニー。

「ジヴァー電話ー」

まだ着信音は鳴り止まない。

「電話ー! ねぇさっきから鳴ってるけどー」

どこ行ったんだろ、トイレかな。ともかくいつまでも鳴り続けるコレが不憫になって受話ボタンを押した。

「はい、もしもし」
『ん? あれ、おかしいな、かけ間違えみたいだ』

明朗な声はほんのかすかに外国の訛りを感じさせた。
それ以外は想像してたよりも普通だなって、それが一番最初に浮かんだ感想。
かねてから聞かされていたエピソードの内容があんまりにもあんまりだったせいで、私は彼のイメージを暴走させすぎてたのかもしれない。

「違わないですよ。かけたのがダヴィードの携帯だったら」
『それを聞いて安心したよ。で、そちらは?』
「えー、内緒です」
『オリビア・ハッセーじゃなさそうだな。僕も殺人鬼じゃないし』
「誰って?」
『おいおい、名作中の名作なのに、“暗闇にベルが鳴る”』

電話の向こうの声はなぜか誇らしげな調子に変わった。

『クリスマスの夜にオリビア演じる主人公が殺害予告の電話を受けるところから始まる、1974年のサイコスリラー映画だよ』
「クリスマスに暇なんてある意味羨ましい犯人ね。ところでまだ用件を聞いてなかったような」
『そうだった、ジヴァはいる?』
「うふふ、ジヴァなら私の隣で寝てますよ。なんてこれ一回言ってみたかっ……あ、ジヴァおかえり」
「トニーだったら殺す」

驚くべきスピードで私の手からもぎ取った携帯を力いっぱい握りしめるジヴァの目が、まぎれもない怒りに燃えていた。


「え、仕事の呼び出しとかじゃなかったの?」

自分の耳で聞く限りでは、私の声はいたっていつも通りを装えていた。本当はあやうくスマホを湯船に沈めるところだったくらい驚いてるんだけど。
どうしてって、なんの気配も物音もなく急に浴室のドアが開いて、しかもてっきり私を置いて出ていくとばかり思われたジヴァが入ってきたからだ。

「ただのつまんない自慢話だった」

長い髪を頭のてっぺんに結い上げる仕草も堂々と、均整のとれた身体を隠そうともしない。さんざん見慣れてるはずなのに恥ずかしくなってしまった私は目線を手元の小さな画面に逃した。
水面にふっと影が落ち、つま先がお湯をかき分ける。
当然みたいな顔をして狭いからもっと端に寄れと要求してくるのはいつものことだった。

「いつもこうなの?」

“こう”? どう?
ジヴァは時々、わざと私を混乱させるような物言いをする。特に私の注意が自分に向いていない場面において。
返す言葉を探しあぐねる私に向かって、ジヴァはからかいの笑みを浮かべると同時にぴしゃりとお湯のしぶきを浴びせかけてきた。

「この時間にお風呂はいるのがニーナの日課?」
「えー? 平日はそんな余裕ないもん。休みの日だけ。ジヴァは週末しか来てくれないから知らないんだよ」
「それ以外の日も来て欲しいって言ってるみたいに聞こえるけど」
「どうかなあ。そうかも。でもそうじゃないかも」

週末にしか訪れない、二人だけの特別な時間。それは休日の朝に熱いお湯に浸かるのと同じくささやかだけど大切なものだった。
金曜あるいは土曜の夜、玄関を開ける合鍵の音を聞きたくてテレビの音を小さく絞るあの気持ちとか、メールを何度もチェックしてしまう落ち着かなさ。
どこも怪我したりしてないかっていう不安がよぎることもあれば、私をハグして「シャローム」と言ってくれるときの声を思い出して急に満ち足りた気分になったりもする。
生活にたくさんの刺激と彩りを与えてくれるジヴァは私にとって誰より何より特別だった。

「依存症って言うらしいよ? それ」
「えっ?」

突然の指摘にどきりとして顔を上げた。
依存症という言葉を間違えずに言えたのが嬉しいのか、勝ち誇った顔をしたジヴァは私のスマホの背中を爪の先でトントンと叩いて補足した。
ああなんだ、これのこと。

「お風呂入ってるときって暇で」
「へー、そうなんだ。私がいても」
「入ってくるなんて思わなかったんだもん」

なら、と言うようにスマホを取り上げるジヴァは結構めんどくさい性格をしてる。でも、だからこそジヴァはジヴァなのだ。
挑むように顎をあげて挑発してくる仕草が好きだった。細めた目と少し突き出した唇もたまらなく好きだった。
ほどけそうになっている髪を結びなおしてあげている間もジヴァは目を瞑るでも伏せるでもなく、まっすぐ私の目を覗き込んでくる。私がよく知ってる笑みを浮かべながら。

「しつこく聞いてたよ、今の誰って」
「トニー?」
「そう」
「なんて答えた?」
「どう答えてほしかった?」

私は黙ってジヴァのポニーテールを撫でた。ゆるく波打つ髪がくすぐったく指先を撫で返してくる。

「そりゃあ……」

言いかける私の先を促すようにジヴァがすっと身を寄せてきて、ほとんど鼻先がふれあいそうになった。
そんな彼女の肩を抱くと、妙にキラキラ輝く茶色の瞳が次の私の行動を待ちわびる。
唇に触れるにはほんの少し首を突き出すだけでよかった。ジヴァの肩を、首を、頬を、うなじを、大切な私だけの全てを濡れた手のひらで確かめた。

安息日に嘘はつけない。

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