思慕の横顔

乱雑な車内の隅で、カーラは去年のクリスマスのことを思い出していた。
アビーにツリーの飾り付けを手伝わされたこと、音楽がやかましかったこと、間近で見るライトが眩しかったこと。
周囲の喧噪や点滅する視界や頭痛などがそれらの記憶を刺激した。

一方のギブスも考えていた。
このバンが炎上する可能性はどのくらいか、犯人を取り逃がしたかもしれないという焦り、それから座り込んだまま動こうとしない目の前の女に対する苛立ちを。

ジヴァとトニーとマクギーと、それから別チームから借りた人員を引き連れて事件現場の検証に向かう道すがらに起きた、予期せぬ出来事だった。
彼らが乗ったバンに突如として衝撃が襲い掛かった。あまりに突然の出来事だったため、最初は車に爆弾でも仕掛けられていたか、あるいは——多少突飛な発想ではあるが——巨大地震にでも見舞われたのだろうかと思った。
だが違った。待ち構えていた犯人のSUVが、猛スピードでNCISのバンの横っ面に突っ込んできたのだ。
ギブスの部下たちは運転手であるジヴァの咄嗟の機転もあり危機を免れたが、カーラとギブスを乗せた車体は追突の衝撃でガードレールのない細い車道から押し出され、林の斜面を転がり落ちることとなった。
ジヴァの乱暴な運転を敬遠してこちらに乗り込んだはずが、じつに皮肉な話だった。

「おい、こっちを見ろ。外に出るぞ」

カーラはかろうじて顔を上げたが、うつろな視線はギブスを通り越した遥か彼方に注がれている。
その手がゆるりと動き、落ちていた帽子を拾い上げるとギブスに手渡した。自分で自分が何をしているのか明らかに理解していない様子だ。
他の同乗者二名と比べるとカーラの外傷は軽度に見受けられたし、どこかを痛がる素振りもない。
しかし、こういった事故の直後はアドレナリンの効果で痛覚が鈍りがちであることをギブスはよく知っていた。
それは彼にしても同様だ。あちこちぶつけた体のどこかを骨折していてもおかしくない。だからこそ、痛みに気づいてしまう前にここを脱出しなければ。
その時、バンのすぐ外からジヴァの声と駆け寄ってくる足音がした。

「ギブス!」
「こっちだ! 運転席にいる!」
「犯人は上で確保した! 救急隊員がすぐに来るから」

ギブスは自分とカーラが命に別状ないことを伝え、すでに救出済みの捜査官2名を急いでバンから遠ざけるように指示した。
ガソリンの匂いはしなくても車体が深刻なダメージを負っているのに変わりはない。

「どうした、何があった」
「……え?」
「頭を打ったんだな。俺がわかるか?」
「ん……あぁ、うん……? そうね?」

顔の前で指を鳴らしてみたが、カーラはそれを目で追うこともなければ音にも反応しない。脳震盪を起こしているのはダッキーが診るまでもなく明らかだった。
なんとか車外へ引きずり出したものの再びその場にしゃがみこんでしまったカーラの様子を窺っているところへ、心配して何度も呼びかけてくるトニーの大声が響く。
それに対して怒鳴り返すジヴァの声も、やや離れた場所から聞こえてきた。おそらく怪我人の応急処置を行なっているのだろう。

「俺たちも合流するぞ。歩けるか?」

案の定返ってきたのは否定のしぐさだったので、しかめっ面もますます苦々しく、ギブスは彼女に背中を向けた。
だがそれは、彼女を見捨てるという意思表示ではなかった。

「乗れ」

とまどって固まったままのカーラを厳しい口調が急き立てる。

「さっさと乗れ。行くぞ。車の見張り番は要らん」

広い肩におそるおそる手がかけられた。
ギブスの体はどこの痛みも訴えていなかった。それが自己防衛機能がみせる幻なのかそれとも実際に負傷のない証拠なのかはわからないが、とにかくふらつくことなく人ひとりを背負えたことに彼は安堵を覚えた。

「ごめんなさい」
「謝罪は弱さの表れだ。二度と口にするな」
「はあ……」

背中のカーラは大人しく身を預けてくる。
ギブスの足が段差やくぼみに引っかかるたび「う」とか「ん」といった短い声を漏らしこそすれ、それ以外は眠っているのかと思うほど静かだった。
こてん、ともたれかかる頭の重さや髪のやわらかさに、ほんの一瞬昔の記憶を刺激されたギブスの胸がうずいた。

彼らがめでたく人里に引き上げられたのはそれから15分ほど経ってのことだった。
現行犯逮捕された男はすでに連行されており姿はなく、代わりに地元警察やマスコミが駆けつけて騒がしい中での現場検証が始まっている。

「アビーは大忙しですね」

カメラを手にしたマクギーが言った。
しかし彼が本当に気がかりなのはアビーではなく、軽い診察と手当てを受けただけで病院へ行くことは断固として拒否したギブスのことのようで、先ほどからしきりにボスの様子を探っていた。

「現場が二つに車が三台だからな」

ギブスがあたりを見回すと、首を固定され顔にガーゼを貼り付けたカーラがハッチの開いた救急車の後部に座っていた。
ジヴァと何かを話しながらくすくす笑っている。
彼女のチームメイト達も別の車両で手厚い治療を受けており、脱臼と靭帯損傷を診断された男は鎮静剤で眠らされていたが、もう一人の方は救急隊員に傷を縫われているところだった。
会釈する彼にうなずきを返してから、ギブスはカーラに声をかけた。

「どうだ、そろそろ現実世界に戻る気になったか」
「ギブス捜査官。はい、もう平気です……多分」
「でも一応、今から病院で整列検査だって。膝も傷めてるしね」
「もしかして精密検査って言いたいの?」

ジヴァの間違いを正すカーラの口調はほとんど本調子に戻っていた。厳重にラッピングされた見た目よりも実際の怪我の程度は軽いらしい。

「あのねジヴァ、クリスマスの飾りつけは大変だからもうやりたくない」
「クリスマス? 今は8月だよ?」
「でもすぐ12月になるでしょ」
「よくわかった。早く搬送してくれるよう頼んでくる。そこで動かないでじっとしてて」
「えっ、なに、どうして? ギブス捜査官、私なにかおかしなこと……?」
「向こうでゆっくり休んでこい。ほら、大事な帽子だ」

そう告げて、ギブスはカーラの膝に帽子を放り投げてやった。

2017-08-23T12:00:00+00:00

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