今日は6月13日

今にも木っ端微塵に吹き飛びそうに派手な音を立ててリビングの扉が開いたとき、ニーナは朝食の苺の最後の一粒を口に運ぼうとしていたところだった。

「お、おはよう……?」

たくましい肩を上下させて興奮した様子で仁王立ちしている同居人を前に、いつもの挨拶もためらいがちになる。
なんだか不自然に息が荒い。かと言ってそのまなざしに怒ったようなところはなく、悪夢を見て怯えているわけでもなさそうだ。
ジェイソンは心無しか胸を張った様子でこちらを見下ろしているが、その理由がニーナにはわからなかった。

「座らないの? こっちおいでよ」

ぼろぼろのジャケットをしっかり着込んだ大柄な体がのしのしと近づいてくる。ニーナの言葉に素直に従いはしたものの、ジェイソンは椅子の上でどこか落ち着かなげに身を揺すっている。
こんなとき、彼が喋れたらもっと話は早いのだが……。
壁の時計をちらりと見やってから、ニーナはさりげなく会話のボールを転がした。

「今日は早いんだね」

早起きなニーナとは違って、ジェイソンはたいがい昼前にならないと起きてこない。
それどころか午後になってもまだぐっすり寝ていることも珍しくない男だというのに、今日はどうしたことだろう?
すると、ジェイソンがこちらにぐっと身を乗り出してきたので、ニーナは思わず背筋を伸ばした。節くれ立った指に両肩をがっちり掴まれたかと思うと、ホッケーマスク越しの青い瞳に顔を覗き込まれる。

「なにか聞いてほしいの? いいよ、なになに?」

突然、目の前に鉈が現れた。鉄臭いそれが鼻先すれすれをかすめていって、ニーナは思わず悲鳴を上げそうになった。

「やだもう! 危ない!」

叱る声もなんのその、ジェイソンは相変わらず片手でニーナの肩をつかまえたまま、まるで二人の間の見えない壁を切り裂こうとするかのように鉈を上下に振り回している。
そのいかにも楽しげな様子をなかば唖然として見ているうちに、はたとニーナの心に浮かぶものがあった。
そもそもジェイソンが鉈を持ち出してくるのは仕事の時だけだ。ということは多分……そういうことなのだろう。
危なっかしく暴れているジェイソンの腕をそっと押さえ、ニーナは力なく首を振った。
浮き足立っているところに水を差すのは心が痛むが、いま教えてやらないと後々もっと可哀想なことになってしまう。

「ジェイソン」

真面目腐った声で名前を呼ばれ、ホッケーマスクの殺人鬼は小首を傾げる。

「落ち着いてあれを見て」

す、と指差した先には壁掛けのカレンダー。
色とりどりのあじさいと、その葉っぱの下で雨宿りするブチ柄の子犬——どことなくジェイソンに似た——のイラストが描かれている。
先月の破り損じが上部に残ったままのA2サイズの四角いそれに、二人の視線が同時に向く。

「いい? ジェイソン」

ジェイソンがうなずく。

「今日は確かに13日だけど……金曜日じゃなくて土曜日なの」

ふいに全ての動きが止まった。時計の秒針すら止まったように感じられた。
ジェイソンの頭が錆びたおもちゃのようなぎこちない動作でニーナの方を向き、しばし目を合わせたあと、またカレンダーに戻る。
直後、2メートル近い巨体がニーナに向かって崩れ落ちた。

「ああっ! 泣かないで、泣かないでジェイソン! ごめん! ほんとにごめん!」

ジェイソンが顔をうずめている肩口の辺りから、ぐずぐずと鼻を鳴らす音が聞こえる。
そんなに楽しみだったのと呟くと素直にうなずいて、ホッケーマスクをぐりぐりと押し付けてきた。

「そっかー、よしよし。泣くな泣くな」

ニーナは椅子の背もたれの力も借りて重たい体を支えて抱きしめながら、その背中を励ますように叩いてやった。
そうしながらも真剣に考えていたのは、「今日は“お仕事デー”ではないけど君の誕生日だよ」と、いつ本人に明かしてやればいいのだろうかということだった。

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    13日の金曜日ジェイソン
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