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週末、夜も遅く。捜査員と職員のほぼ全てが引き上げたNCIS本部は昼間の活気が嘘のようで、薄気味悪いほどの静けさに満ちている。

「そこでなにしてるの?」

口に出してから、この質問はちょっとバカげてたかもしれないとジヴァは思った。
なにせここは資料室なのだし、入り口にも堂々とそう掲げられているのだから。
案の定、天井までそびえるスチールラックの“D”のセクションの前に立ち、捜査ファイルを腕に抱えたニーナはいぶかしげな表情を作った。

「マドセン伍長の資料が見つからないんです。半年前の事件だからまだここに保管されてるはずなのに」
「それって川沿いの工事現場でトゲネズミにされてた伍長のこと?」
「その事件です。あなたが言いたいのはハリネズミだと思いますが」

ふーん、といかにも気のないそぶりで鼻を鳴らすと、ジヴァは狭い室内にぐるりと視線を巡らせた。
埃臭い室内には自分たち以外誰の姿もなく、天井の空調からかすかな唸りだけが聞こえてくる。
実際、事件の話にはほとんど興味がなかった。残忍で悪趣味なユーモアに満ちたその内容には聞き覚えこそあるものの、自分達のチームの担当ではないため詳しいことはよく知らないし、知りたいとも思わない。
下手に首を突っ込んだりしたらせっかくの週末の夜が台無しになりかねないとなればなおさらだった。
だから、いま自分に言えることはたった一つしかない。

「マドセンの綴りってM-A-D-S-E-Nだけかと思ってた」

勝ち気な眉を片方だけ吊り上げ、ジヴァは楽しげに指摘した。今度は“E”のセクションでファイルを物色していたニーナが無言で振り向く。
しかし意地悪な期待は実らなかった。
歳若き捜査官はまるで動じず、それどころかそんな指摘はまったく的外れだとでも言いたげな態度で「ご親切にどうも、ダヴィード捜査官」と応じるにとどまったのだ。
分厚いファイルがぱらぱらとめくられ、ふたたび元の位置に戻される。

「けどアルファベットくらい読めますから。そこにないから別のところに紛れてるんじゃないかと探してるんですが」
「へえ」

ジヴァの眉が今度は険しく寄る。ニーナの冷たい対応には慣れているし理由もわからないではないにせよ、こうもあからさまにされると……。
気を鎮めようとしてもつんと澄ました横顔に不満は膨れ上がるばかりで、とうとう我慢ならなくなったジヴァは伸ばした腕と資料棚の間にニーナを閉じ込めて睨みつけた。
目を白黒させる無様さにほんの少し、溜飲が下る。

「な、何のつもりですか」
「ゲームしようか。ほら当ててみなよ、何のつもりか」
「ダヴィード捜査官、私そろそろ戻……」

堅苦しく引きつった言葉を遮って、ちちち、と聞き分けの悪い幼子をたしなめるように舌が鳴る。
事実ジヴァにとって今のニーナは腹の立つ子供そのものだった。

「今、ここに、私以外に、誰か、いる?」

至近距離から瞳を覗き込む。たったそれだけのことで強情なニーナに白旗を揚げさせることができるのは、世界中探したってジヴァくらいなものだろう。

「いませ……いない」
「だったらどうするんだっけ?」
「二人のときは、ジヴァって呼ぶ。ごめん」
「いい子だね」

機嫌を良くしたジヴァが“ご褒美”を与えようと顔を近づけた。だが慌てた様子でかわされて、キスは側頭部をかすめただけに終わった。

「ねえニーナ、わざと怒らせようとしてるんだったら喜んでいいよ。成功してるから」
「だってここ監視カメラ……」

不安げな声に促され見上げた天井では確かに黒いカメラが一台、深夜にも関わらず無言の業務を遂行している。
古ぼけていて安っぽくていかにも形だけの見張り番のそいつを、ジヴァは軽く鼻で笑い飛ばした。

「でもここは死角」

だから誰にも見えないし聞こえない。
耳元でそうささやくと、ニーナの睫毛が戸惑うように伏す。
みぞおちのあたりで忙しく組んでは直す両手の指が内心の迷いを物語っている。
後押しとばかりに目の前の淡く色づいた耳たぶに食らいつくと、たちまち悲鳴にも似た甘い声が弾けた。

「ひゃっ、ダメ!」
「だって今日はピアス着けてないし、してほしいのかと思って。好きだもんね? これ」
「ちがっ……なんでそういう発想になるの」

ニーナの手に押し返されて、ジヴァがほんの数ミリだけ後ろへ退く。
あまりにおずおずとした力加減は遠慮の証なのか、それとも本当は抵抗するつもりなんてないのかもしれない。

「ニーナってわかりやすいよね。……嫌なんて思ってないくせに」

低くささやくジヴァの声にはわずかなヘブライ語訛りの他に、隠しきれない高揚が滲んでいた。
今この瞬間ニーナの中で行なわれているのであろう、なけなしの理性と衝動によるシーソーゲームに引導を渡すことができたらどんなに気分がいいかと考えるのをやめられない。
ニーナが一番恐れながらも目を逸らすことができないでいるたった一つの答えを与えてやることができたなら。この手で、そしてこの場で!

「もし最後までイイ子にしてられるなら、したげるよ?」

ぴったりとしたグレーのニットの裾から両手を差し入れ素肌の腰を抱き寄せる。今は秋だと言うのに肌は上気して汗ばんでいた。

「ああ、でもニーナは声大きいし、いっつも泣いちゃうからね。声出すの我慢できる?」
「……できない……」
「じゃ、しょうがないか」

今度のキスは拒絶されなかった。胸と胸が重なってつぶれるほど近くまで詰めた距離を引き剥がされることもない。
ニーナの目は就業中には決して見ることのできない素直さをたたえ、離れていく唇を惜しむかのようにジヴァを見上げている。
なんて理想的な恋人。いま腹の奥底を焦がしているこの感覚、多分これを人は愛と呼ぶのだ。

「ハリネズミ探しは明日にしたら?」

さっきよりいくぶん色味を増した耳元でささやいてやれば、思った通り、ニーナは従順にうなずいた。

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