あるいはデート

ザ・クリーナーことウルフは立ち止まり、傷だらけのフェイスマスクの下で不快感に顔をしかめた。
ピンと張りつめた警戒の糸を、どこからか引っ張る存在がある。姿は見えない。だが、何らかの生き物がどこからかウルフを観察しているのは間違いなかった。
あたりを見回してみる——雑草だらけの地面と崩れかけの建物、そして瓦礫の山、ゴミ、またゴミ。こんな廃墟をうろつく生き物など、虫とそれを狙う鳥くらいしかいそうにない。
だがウルフは、磨きあげられた本能と経験をその身に宿したプロの掃除屋は、己の直感に間違いなどあるわけがないことを確信していた。

傾いた建物の角を何気ないふりをして曲がる。視線の針が外れたのを見計らうと、彼は音もなく地を蹴った。
そして、屋根の上で待つこと数分。思った通りだった——虫でも鳥でもない巨大な影が眼下を横切った。
筋肉質だがしなやかな体つきをしたその生き物は、瓦礫の陰にしゃがみこんで、ウルフを見失ったのに気づいてしきりにきょろきょろしている。
頭を振るたびに揺れ動く、細くてぎざぎざした触手。自分達の“髪”によく似たそれを見るたびに、ウルフはなんとも言えない重苦しい気持ちに襲われるのだ。
やはり音もなく地に降り立ったウルフは、盛大に溜め息を吐きたいのをこらえつつ、怒りに震える声を相手に投げた。

「おい混血」

すると、いきなりチェットの尻尾が高く跳ね上がって、危うくウルフを突き刺しそうになる。
『フーッ!』と猫の威嚇を真似ながら、チェットは後ろを振り向いた。驚かされたことに怒っているらしいが、切り捨てられなかっただけありがたいと思うべきだ。

「貴様は何をしている」
「……べつに。散歩。いいでしょ散歩くらいしたって」

むくれたチェットがそっぽを向き、触手じみた髪がパラパラ揺れる。
ウルフは拳を握った。気に入らない——その髪も、眼の無い不格好な顔も、自分に似た牙も、幼稚な態度も何もかも。

「ああ、貴様がどこで何をしていようが私の知ったことではないがな。だが私のあとをつけるのが“散歩”だとほざくのか、貴様は」
「知らない。たまたま進行方向が一緒だっただけだもん」

ウルフの額に血管が浮く。いらだちは時間と共に緩和するどころかつのるばかりだ。
怒りをぶちまけたい衝動に駆られつつ、すんでのところで押さえ込みながら彼は言った。

「ならば先に行け。私は貴様と逆の方角を行く」

文句はあるまいなと凄んでみせる。
が、これですんなり引き下がってくれるような相手なら、そもそも苦労はしないのだ。

「ウルフが先に行けばいいでしょ。あたしはまだここにいたいの!」

威勢のいい声とは裏腹に、チェットの尾が力なく地面を擦っていることにウルフは気づいていた。実に分かりやすい、間抜けな器官ではないか。
良心などこれっぽっちも痛みはしないが、それでも何か、簡単には飲み下せないものがわだかまる。
やはりこの混血は気に食わん——
低い唸り声をあげるとウルフは背を向けた。もう面倒だ、さっさと立ち去ってしまおうと決めたのだ。
それでなおも食い下がってくるようならば、その時は一撃喰らわせてやればいいと。
ところが、彼を呼び止めたのは喧嘩腰の言葉でも不平不満を騒ぎ立てる声でもなかった。チェットはこれ以上ないというほどかぼそい声で、「待ってよ」とそれだけ言ったのだ。
虚を突かれたウルフはつい振り返ってしまった。

相変わらず尻尾を下げたままのチェットは続きを言おうか言うまいか迷っている。無言のウルフに睨まれると、しぶしぶ先を続けた。

「帰り道、わかんなくなった」
「おい」

帰巣本能はどうした、混血……。怒鳴ればいいのか、呆れるべきか、蔑むべきか。ウルフは悩み、しかしそのどれを選ぶのも億劫なほど力が抜けていた。
眉間の皺をいっそう深くして、ウルフが溜め息を吐き出す。

「……ついてこい。言っておくが、途中ではぐれたとしても探しはせん。貴様の自己責任だ」
「わ、わかってるもん!」

そう答えるチェットの尾が嬉しそうにぴょこんと跳ね上がったことに、ウルフは気づかないふりをした。

    拍手ありがとうございます!とても嬉しいです!

    小説のリクエストは100%お応えできるとは限りませんが、思いついた順に書かせていただいています。

    選択式ひとこと

    お名前

    メッセージ



    プレデリアン×ウルフAVP2ウルフプレデリアン
    うりをフォローする
    タイトルとURLをコピーしました