お行儀のわるいこどもたち

さほど広くもない部屋の真ん中で、三匹の生き物が睨み合っている。

「はい、そこまで! おしまい!」

ちょうど正三角形の布陣を組んだ三匹のうち、いちばん大きな生き物がピシャリとそう宣言した。
彼女は肩幅よりも広く脚を開き、背筋を伸ばして立つことで、160cmに満たない身体にできうる限りの威厳を纏おうとしている。
このジュラシックワールド内で行われているヴェロキラプトル研究計画において、調教アドバイザー兼飼育員として働いているニーナは、肉食恐竜を前にしてもひるむ様子ひとつ見せなかった。
ニーナを挟んだ片側のエコーが激しい怒りに声を荒げた。彼女もまた、小型犬ほどの大きさしかない身体を実際よりも強大に見せようと、天井に向けて尻尾を振り立てている。
わめきたてる怒りの半分はニーナに、もう半分はチャーリーに向けられたもののようだ。
チャーリーも精いっぱい対抗しているが、その声はエコーと比べていくらか及び腰に聞こえる。

「だめ。おしまいって言ったでしょ」

普段よりワントーン低い声音が、ニーナの新たな防護服として加わった。
しかし実際に彼女が身につけている防具は右腕のセーフティグローブだけだ。相手が乳歯も生え替わらない月齢の恐竜とはいえ、命綱と呼ぶにはあまりに頼りない。
それでもニーナは頑として譲らず、ゆっくり動くと二匹のあいだに立ちふさがった。するとエコーはますます怒りを爆発させたが、チャーリーの方は逆にホッとしたようだった。
動物同士の、特にきょうだい間で行われる喧嘩は大切な通過儀礼だ。ヴェロキラプトルのように縦の序列を作る生き物にとっては避けて通れない過程でもある。彼らは喧嘩を通じて自分の立場を知り、相手の立場を知ることで正しい信頼関係を構築していく。
だが、寝ぼけて椅子から落ちた腹いせにチャーリーに噛み付いたエコーの行いは明らかにただの理不尽でしかなく、看過するわけにはいかなかった。

エコーは今にもニーナに噛みつきかねない剣幕で尻尾をふり立てているが、ニーナに真正面から睨み返されると、その威勢は少しだけしぼんだ。
いくら脅してもひるむ様子のない相手を前に小さな恐竜は明らかに戸惑っていて、ニーナもそのことを察しているからこそ、強気な態度をほんの少しでも崩すわけにはいかない。
エコーが攻撃をためらっている隙に、ニーナがチャーリーを抱きかかえて様子を確かめた。
あちこちにひっかき傷と、後脚の付け根あたりに目立つ咬傷があるが、すでに血は凝固しかかっているので傷は浅そうだ。ニーナはそこに触れないように気をつけながら緑色の小さな体を腕の中におさめた。
チャーリーは最初こそ嫌がって体をくねらせたが、どうやらここにいた方が姉からの理不尽な暴力にさらされないで済みそうだと気づくと、母親にすがる幼児のようにニーナの胸元にしがみついた。

「エコー? ごめんなさいは?」

ニーナはエコーに最後のチャンスを与えようとした。声音こそ穏やかであるものの、トレードマークの南部訛りは完全に鳴りを潜めている。
だが頑固な三女の返事は、ニーナに飛びかかることだった。

「あっ、こら!」

足首めがけてまっすぐ突っ込んできたエコーを、闘牛士のように横に飛び退いてかわした。
前職の動物園ではこれよりもっと大きく、もっと素早い動物と渡り合ったこともある。このくらいでは絶対に降参しないことを示すように、ニーナはエコーの真正面にしゃがみ込んだ。
低く唸っているチャーリーを床に下ろし、自分の背後に隠すように押しやってから、相手を落ち着かせようともう一度名前を呼ぶ。

「エコー」

返事はまたしても攻撃によって寄越された。
ニーナが素早く右腕を持ち上げる。鋭く尖った牙は、肘までの長さのセーフティグローブにがっちり食い込んだ。
編み込んであるステンレス鋼のメッシュが軋んで嫌な音を立てたが、歯が貫通することはない。
自分の腕に食らいついたままのエコーがいっそう不機嫌に唸るのも構わず、ニーナは恐竜の黄色い瞳を見据えた。

「エコーちゃん。このあいだも言ったでしょう? 喧嘩はいいけど意地悪はダメって」

声に南部のアクセントが戻りはじめていた。その独特の歌うような抑揚はエコーの気持ちをいくらか紛らわせ、怒れる三女はニーナの腕にぶら下がり続けるのを諦めた。

「もしチャーリーがあなたに理由もないのに噛み付いたりしたら、私はチャーリーを叱るよ。わかる? 相手がブルーでもデルタでも同じ」

幼いラプトル相手にこの説得は伝わるだろうか? 愛情は通じるだろうか? ニーナは絶対的な確信に至らないまま、それでも精いっぱいの感情を言葉に込めた。
目に見えてわかるのは、エコーの尻尾が避雷針ではなくなっていることだけだ。
今は床と水平の角度に保たれ、右に左にゆらゆら揺れているそれは、チャーリーがニーナの背後から顔を覗かせても攻撃の兆候を示さなかった。
ニーナは勇気づけるようにチャーリーの背中を軽くつついた。
末っ子はしばらく慎重な様子で姉の出方を窺っていたが、やがて薄く開いた口元から、カロロロ……という鳴き声を発した。

「もう怒ってないから許してあげるよって」

するとエコーはわずかに頭をもたげて、妹の顔をまじまじと見つめた。
内心の揺れ動きをそのまま反映するかのように瞳孔を大小させながら、次にほんの一瞬だけニーナに視線を向けて、また逸らす。
後脚の鉤爪がせわしないリズムで床を叩いている。
一見すると苛立っているようにも思えるが、それが強情っ張りなエコーなりの葛藤であることをニーナはよく知っていたし、妹のチャーリーはなおさらだった。
結局のところ、エコーはチャーリーの喉元に自分の鼻先を素早く——ほとんど頭突きのような勢いだったが——くっつけることで謝罪の代わりとしたようだった。

「さて。じゃあ……」

ニーナは立ち上がり、二匹がさんざん暴れたせいでハリケーンの後のように散らかった部屋の有り様をゆっくりと見回した。

「お片付けを手伝ってくれる子は?」

幼い姉妹は顔を見合わせて、一目散に逃げ出すことで返答を寄越した。

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