Real Horror

どうしてこうなった、と、クリスマスカラーの夢魔は焼け爛れた口元を引き攣らせた。
お気に入りの少女、アオイをからかってやるつもりが逆に翻弄され、まんまと現実世界に引っ張り出されたのはいつもの事だから構わない。
その彼女に「せっかくだからこっちの世界エンジョイしていきなよー」なんて誘われたのも。
ただ、ただ。
「……なんで“エンジョイ”がホラー映画観賞なんだよ! おかしいだろ! 俺の知ってるエンジョイと違う!」
力いっぱい叫ぶフレディ・クルーガーの声は、テレビ画面の悲鳴と見事に重なった。
「フレディうるさいよー。こっからが盛り上がり所なんだから静かにしててよ」
ソファの隣から恨めしげにこちらを睨むアオイは完全にリラックスモード、かたやフレディは誰がどう見ても緊張気味だ。
——いや、違う、びびってる訳じゃない。フレディは歯噛みした。怖いんじゃなくてこの映画が嫌なんだ、それだけだ。
そう、これがジャパニーズホラーでさえなければ。
薄暗くて、湿っぽくて、表情に乏しい陰欝顔の役者ばかりで埋め尽くされたこんな映画でなければ!
「ホラー映画っつうのはもっとこう……血飛沫がだな。あとバカなティーンエイジャーとドラッグとセックス」
「そういうの見飽きた。ストーリーもワンパターンだし」
「それがいいんだろ、安心できて。お約束の美学だろうが」
なのになんでよりによってこんなものを借りてくるのか、アオイの気が知れない。
夢魔は忌ま忌ましげにテレビを睨みつける。が、いかにもなにか出てきそうな少しだけ開いた押し入れの隙間がアップの場面だったので、すかさず視線を逸らした。
「いや、怖くない。びびってない俺はびびってないびびってない……」
「だからうるさいんだってば。ちょっと黙っててよね」
呆れ返る声も刺々しく、アオイはフレディをとがめる。
彼女はほんのしばらくの間何か考えていたが、やがてしょうがないなと言うふうに短い溜め息をついて、さりげなく夢魔の左手を握った。
意外な展開に驚いたのはフレディだ。相手を見つめ返すも当の本人はすでに映画の方に意識を戻していてこちらを見ようともしないし、今度は彼の方がひとり思案する番になった。
普段なら馬鹿にするなと憤るか、逆にこれ幸いとベッドシーンになだれ込むのだが、今日ばかりはそれどころではない。
重なってきた手の平を甘んじて受け入れ——さすがに握り返すのは情けなすぎるのでやめた——夢魔は息を呑んだ。
映画はクライマックスを迎えようとしていた。ただ一人生き残った主人公の怯えた呼吸をBGMに、カメラがゆっくりとスクロールする。
まず前方を、それから周囲をなめ回すように映す。部屋の角、半開きのドアの陰、天井の四隅……呼吸が大きくなっていく。比例するように周囲の音は消えて……
主人公がはっと肩をこわばらせた。怯えた表情のまま素早く背後を振り向く。
何もない。雨漏りの染みで汚れた壁があるだけで、幽霊などどこにもいない。画面の中の男は安心して長々と息を吐きつつ天井を仰いだ。
天井に張り付く血走った目の女がこちらを見ていた。
「ひぃっ!?」
「あ、今びくってした? びくってした? 怖かったの?……おーい、フレディさーん?……ショック死したか」

十分後。
「あー、怖かったー!」
そう言うわりにはニコニコ満足げなアオイがそこにいた。
その隣では完全に魂が抜け落ちたフレディが呆然として真っ暗になったテレビ画面を見つめているが、彼女はまるでおかまいなしだ。
「すごいね! さすが話題になってただけあるよね!」
そう言って取り出したDVDをケースに仕舞い、新しいディスクをセットする。
これにはさすがのフレディも我に返って声を上げた。
「ちょっと待て、まだ観るつもりか!?」
「え? うん、だってまだ早いし。寝る前にもう一本」
——そうはさせるか。フレディがゆらりと立ち上がる。アオイの腕を引いて引き寄せ、ナイフの鉤爪でその頬をわざとらしくゆっくりと撫でた。
「それよりどうだ、俺が本物のホラーってものを教えてやろう」
「うん、それはいいけどね、……あなたの後ろにいるの、誰?」
「そういうのマジでやめろ!」
せっかく作り上げたムードも殺人鬼らしい表情もどこへやら、幽霊さえも逃げ出しそうな大音声で夢魔が叫んだ。

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