震わせた欠落

何の因果か、私はバーサーカー種とクラシック種の間に生まれた。
対極にある血と血の間に。長く続く抗争の歴史の間に。自然に抗った愚か者たちの間に。

知っているだろうか、『バーサーカー種』とはあくまでもクラシック種が提唱した呼び名であって、正式な分類名ではないことを。『クラシック種』もまた然り。
双方に込められた侮蔑的なニュアンスからも、この二種族がどれほど深くいがみ合っているかが感じ取れるであろう。
ならばいっそ遺伝子レベルで憎み合っていればこんな悲劇は起こらないものを。
ようするに私は生まれながらにしての半端もの、欠陥品だった。
そんな私に安住の地はなく、一目で混血と分かる中途半端に白い膚と明るい色の髪はどこへいっても煙たがられた。
加えて、生まれながらにして盲目に近いこともマイナスに働いた。マスクに頼れば他人とほとんど変わらず動けるとは言うものの、我々のような種族にとって準盲であることは致命的過ぎたのだ。
だが分かっている。そのどれもが見苦しい言い訳に過ぎないことは……私がうまく生きられないのは私が弱いからだ。
血筋や眼がどうこうではなく。

数百年にわたって非血族型クランを転々としたり一人放浪してみたりとどっち付かずな生活を続けたのち、私は同じく過ちの産物である“トラッカー”と、純粋なバーサーカー種だがどういった事情かクランからドロップアウトした“ブラック”の二人と出会った。
ここなら腰を落ち着けてもいいと思えたのは、私たち三人が似た者同士だったからに他ならない。
誰からも相手にされないゆえ犬に安息を求めるトラッカーも、半端もの二人を従えリーダーを気取るブラックも、全く同じものに押しつぶされそうになっているように見えた。
彼ら二人と行動を共にするようになってすぐのこと、私は森の中で傷ついた鷹を拾った。
笑わないでもらいたいのだが、私はことのほか鳥が好きだ。尊敬さえしている。数多い生き物の中でも鳥類がもっとも優れた存在だと信じてやまないほどだ。
彼らを焦がれるあまり、なぜ私の足はかたくなに地面に縫い留められたままなのかと焦れることすらある。
輪廻というものが本当にあるのなら是が非でも鳥になりたいものだ。

閑話休題。
そういった理由から私は鷹を無視することが出来ず、今にも息絶えそうなそれを取り上げた。最初は楽にしてやるつもりで。
だが手の中で震えるそいつを見るうちに新しい考えが浮かんだ。
悩んだ時間はわずか数秒。私は——私はその鳥を機械化し、新しい命を吹き込んだのである。
決して美談ではない。むしろ残酷だと思う。完璧な存在にあろうことか手を加え、自分と同じ半端ものに堕とすなど。

ブラックは私用の惑星を一つ所有していて、私たちはいつもそこで狩りをした。目を付けた獲物を手当たり次第に生け捕り、そこに放っては仕留めた。
慣例に沿って言えば決して褒められた戦法ではない。これが例えばどこかのクランの所行であれば、そのクランは強烈な批難の豪雨を浴びることになるだろう。
だが、私達は“存在しないもの”として扱われていた。抗議をねじ込まれる気遣いはない。
いつかブラックが——まるで言い訳のように——語っていたのを思い出す。

「わざわざ獲物の星まで出向いて俺達にどんなメリットがあるんだよ? なあ、今度仕留める時にさ、あいつらの顔よーく見てみろよ。混乱と絶望でぐっちゃぐちゃでさ、楽しいったらねえよ。
 まあそりゃそうだよな、訳わかんねー星に連れてこられてさ、それで殺されるんだから。でもどっちにしたって死ぬんだからあいつらにとっても同じだろ」

私は肯定も否定もしなかった。

息を吸い、吐く。
僻地なら都市に比べて幾分ましだろうとの期待を裏切って、どこへ行こうと空気の不味さはさほど変わらなかった。
つくづく地球の空気は我々の体には合わない。
確かにブラックの言う通り、こんなところまでわざわざ出向くメリットは薄いのかもしれない。

木の上から観察していると、頭上を数羽の小鳥がかけていく。
それがこれまでに見たことのない種類の鳥だったので、私は彼らを間近で観察してみたくなり後を追いかけた。
やがて彼らは背の高い垣根の向こう側へと姿を消した。もちろん私も後に続いたが、少々迂闊だったことは認めざるを得ない。
だがまさか思わなかったのだ——人間と出くわすなどとは。
その人間は一人でベンチに腰を下ろし、足下に無数の鳥をはべらせていた。
芝生の地面に餌をまく表情はこれまでに見た(そして殺した)どの人間よりも穏やかで、ブラックが言うような『混乱と絶望』は欠片ほどもない。
ここはこの人間の“テリトリー”か。そのことにようやく思い立ったと同時に、私は不覚にも足音を立ててしまった。
人間が顔を上げて私を見た。いや、顔を向けたと表現した方が正しい。目は確かにこちらを向いてはいたが、視線は私から幾分外れた場所に注がれていた。だがそれは私が光学迷彩を起動させているためではないらしい。
私にはわかる、この人間は盲目だ。

「こんにちは。お客さんなんて珍しい」

そう話す人間の顔からはすでに驚きのさざ波は引き、穏やかな表情に戻っている。ゆったりとした動作でまた鳥に餌をやり始めた。
だが残念ながら私は客ではない。こうなった以上は片付けねばならない。騒がれる前に。いくらでも方法はある、いくらでも。
……そう思うのに動けなかった。

「目が見えないので失礼があったらごめんなさい」

私が何も答えずにいると人間は静かに顔を伏せた。寂寥感が滲む仕草に自分の幼少期を思い出す。
異種族に自分を重ね合わせるなど嘆かわしいにもほどがあるが……。
脆弱な腕がこちらに差し伸ばされる。上に向けた手の平には小さな粒餌が小山を成しており、人間が手を傾けるとそのすべては砂のように足元にこぼれ落ちた。

「あなたは——」

“誰”? “どこから来たの”? “何者”? そう訊きたいに違いない。この個体は明らかに何かに感づいている。
だが言葉は途中で途切れ、人間は笑うことで語尾をはぐらかした。恐れているのではなく、急に自分の問いがばかばかしくなったかのようだった。
人間はベンチに深く掛け直し、うつむいたまま、両足を芝生から浮かせた。縫い留められた糸を引きちぎるように。驚いた鳥達が羽をばたつかせる。

「私、生まれ変わったら鳥になりたい」

その言葉を聞いた瞬間、どうしてだろうか、私は探し求めていた居場所を見つけたような気がした。

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