世界が終わるなら今日がいい

昨日までの天気が嘘みたい。
洗濯カゴを抱えたシャーロットは、まばゆい青空に目を細めてそう思った。
昨晩まで停滞していた鈍色の厚い雲は一つ残らず彼方へと流れ去って、いまは夏の訪れを感じさせる晴れ間がどこまでもどこまでも広がっている。
ふいに背後から漂ってきた不快なにおいさえなければ、この心地よさももう少し長続きしたはずなのだが。
原因は考えるまでもない、たった今裏口からのそりと現れた男が口にくわえている煙草だ。

「いーい天気だ。なあ」
「やめてよね、いま干したばっかりなのに」

シャーロットに怨みがましく睨みつけられたボー・シンクレアは、しかし悪びれるでもなくにやりと笑う。

「遅かれ早かれにおいが付くなら一緒だろ」
「違います、気持ちの面で全然違います」

纏わり付く紫煙を手で払いのけ、シャーロットは出来るだけ彼から遠い場所に洗濯物を干そうと背を向けた。
ところが行けども行けども煙たい霧は一向に離れてはくれない。

「なんでついて来るんですかー」
「あ? 人がせっかく手伝ってやろうとしてんのに」
「煙草付きの手伝いなんていりませーん。ヴィンセントがいるし。ねぇヴィンス?」

庭の端っこでひっそりとバスタオルを干していたヴィンセント・シンクレアが、肩を跳ね上げた。
突然水を向けられたことに驚いたのか、それとも返答に困っているのか、二人の間を行き来する視線はぎくしゃくとぎこちない。

「あはは、固まっちゃったね」
「相変わらずつまらねえ奴」

肩をすくめるボーが、投げ捨てた煙草を靴で踏みにじりながら言う。

「これで満足かな、お嬢さん、っと……ほれ、それ貸してみろ」
「ありがとー」

カゴの中から洗濯物を一山抱えあげたボーが庭の向こう側まで大股に歩き去っていく。
このところの雨続きでたまりにたまった数人分の衣類にシーツ、それにタオル類を彼はほとんど持って行ってしまった。

「ほんと、ボーは素直じゃないよね」

またしても同意を求められたヴィンセントはどう答えるべきかつかの間悩んで、結局は目の前の作業に没頭しているふりをすることでなんとか中立の立場を守り抜いたのだった。


「誰も来ませんねえ」

ソファーにもたれ掛かるシャーロットのつまらなさそうな声は、開け放った窓から晴天の屋外へと逃げて、そして消えた。
まさに完璧な日曜日と呼べる午後、外は暖かく、平和で、だが機械仕掛けの町に彼ら三人以外に人の気配はない。

「来ねえな」

何やってんだレスターの奴、とやはり退屈な口調でボーが応じる。続けて大きなあくびをひとつ。
するとつられてシャーロットが口元を押さえ、更にヴィンセントまでもが蝋のマスクの下で息を吐く。
この睡魔の連鎖に気づいたのはシャーロット一人で、彼女は自分の膝を叩き立ち上がると国を左右する可決を下すかのような重々しい声でこう宣言した。

「よし、お昼寝しよう!」

尊大な態度で窓辺にもたれ掛かる男、ソファーに座っている男、それからその男に頭を撫でられている犬の視線をシャーロットは平然として受け止める。
“材料”が届かないことには人形は作れないし、どちらにせよこんないい天気の日に地下室に篭ってしまうなんて、とんでもなく勿体ないことに思えたのだ。

「ヴィンセント、枕持ってきてほしいな。あとタオルケット」

なにもかもがくすんで古ぼけた室内にはいささか不似合いな真新しいソファーは背もたれを倒されベッドに早変わりした。
柔らかな座面に一番乗りしたシャーロットが待ちきれないようにヴィンセントを手招き、自分の隣へ来るよう促す。
彼女は自分のアイディアに満足しきっているようで、その様子を見たボーに鼻を鳴らしてバカにされても一向に気にする様子はなかった。

「ボーは寝ないの? ほらこっち」
「へいへい……おい狭すぎんだろ。ヴィンセントもっと端に寄れ」
「落ちちゃうって。あ、いいよヴィンセント動かなくて」
「じゃあ床で寝ればいいだろうが」
「ねえヴィンスあんなこと言ってるよー? ひどいお兄ちゃんだよねえ。それにしても、なんかこれ両手に花ですね」
「それは違わねーか?」

花ってお前、とボーが苦々しく呟く。

「じゃあ両手に男前」
「そのまんまじゃねえか」
「男前を否定しないあたりがさすがです」
「事実だしな」

気取って答える声がおかしくて、シャーロットはくすくす笑った。
ふと右隣りへと目をやるとマイペースなヴィンセントはもう夢の中へと旅立ったようで、マスクの奥で心地よさそうに目蓋を閉じ、規則正しい寝息を立てていた。
残された二人は半ば驚き半ば感心して顔を見合わせる。呆れたような、面白いような、安堵したような、そんな気持ちがないまぜになっていた。

「俺達も寝るか」
「うんうん、寝ましょー」

目を閉じる彼らを邪魔するものは何もない。
窓の外には雲ひとつない晴天が凪ぎ、ただただ機械仕掛けの町が勤勉に働くかすかな物音だけが聞こえている。それはまるで穏やかな子守唄のように。

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